2021年の主要なストーリー
●ビジネスは民主主義を守る
2021年1月6日、米国の首都ワシントンD.C.で暴徒が連邦議会議事堂を襲撃し、多くの議員がこれを支持した。すると1月7日から、多くの企業が政治献金を中止すると表明。すべての政治家への献金を凍結した企業もあれば、2020年の米大統領選挙の結果の承認に反対票を投じた政治家への献金のみ取りやめた企業もあった。
企業が「どちらか」を選ぶことは、筆者には想定外だった。彼らは民主党にも共和党にも影響力を及ぼしたいものだ。しかし、民主主義への脅威が現実となり、アメリカン・エキスプレスやマリオット、ダウなど数十社が明確に態度を示した。その数カ月後には大企業が相次いで、有権者の投票を制限する州法に反対する声明を出した。
これは、社会におけるビジネスの役割をどこまで拡大するかという意味で、重要なストーリーだ。ただし、その後の進展はよくわかっていない。
暴徒を支持する勢力への政治献金を再開した企業の割合については、さまざまな報道がある(献金凍結の方針を維持している企業はわずか23%ともいわれる)。いずれにせよ民主主義への攻撃は終わっていないのだから、企業は再び重大な選択を迫られることになる。
●気候変動対策に関する世界会議は頓挫している
英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)は、いつものCOPと同じように終わった。各国が表明した約束には明らかな進展があったが、国連事務総長が「人類へのコード・レッド(非常事態発生の合図)」と述べた危機の規模を考えれば、あまりにも不十分だった。
すべての国がそれぞれ目標を達成すれば、温暖化を1.8℃の上昇に抑制できるかもしれない。これはCOP26の前に突き進んでいた方向よりもはるかにましではあるが、より悪い結果の回避につながる1.5℃を上回る。しかも、あくまで努力目標で強制力はない。要するに、二酸化炭素排出量は増え続けているのだ。
科学と政策にギャップが生じたことは、企業がより大きな役割を担う機会であり、責任でもある。企業の社会的な熱意のレベルはこの1年で劇的に高まり、ネットゼロという目標が急速に広まっている。
革新的な目標としては、ペプシコが原材料調達などのフットプリントを総合的に相殺できるようなリジェネラティブ農業(環境再生型農業)を目指すと発表した。鉱業大手のフォーテスキューは、重化学工業部門の顧客の操業についてネットゼロを目指す計画を立てている。海運大手のマースクは、船舶用燃料に1トン当たり150ドルの炭素税を課すことを提案している。
いずれも素晴らしいが、これらの目標を達成するためにはとてつもない努力が必要だ。
●サステナブルファイナンスとESGがメインストリームに躍り出る
サステナビリティの世界を「ESG」が席巻している主な理由は、どちらかと言えば金融セクターの用語であり、銀行がようやく本気になったからだ。筆者が話を聞いてきた多くのサステナビリティ担当のエグゼクティブも、以前は投資家に会うことはめったになかったが、最近は1年に何十回とミーティングをしている。投資家が彼らに会いたがるのだ。
2021年1月、世界最大手の資産運用会社ブラックロックを率いるラリー・フィンクは、恒例の(5年目となる)年始の書簡を企業のCEOと自社の投資家に送り、次のように述べた。「ネットゼロ経済への移行に伴い、ビジネスモデルが深刻な影響を受けない企業は存在しない。(中略)迅速に準備ができない企業は、事業面も企業価値も低迷することになるだろう」
要するに、気候変動などESGの問題をマネジメントすることは、企業価値の中核なのだ。このメッセージに多くの銀行が賛同した。JPモルガン・チェース、シティ、モルガン・スタンレー、バンク・オブ・アメリカなど、ほかにも多くの金融機関が気候変動対策(クリーンテクノロジー)と持続可能な開発(手頃な価格の住宅や人種の平等を改善するための取り組みなど)に1兆~2.5兆ドルを投じている。
ちなみに、筆者は2008年にバンク・オブ・アメリカと協力して、この分野でいち早くコミットメントを行った。その金額は250億ドルだ。数兆ドルという金額は、本気であり、メインストリームであるという証だ。
2021年11月に開催されたCOP26では、「グラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネットゼロ」(GFANZ/ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)が正式に発足した。マイケル・ブルームバーグとマーク・カーニー元イングランド銀行総裁を共同議長とする金融イニシアチブの連合体で、参加企業の総資産額は130兆ドルだ。これは世界の年間GDPを優に上回る。
●サプライチェーン:アメとムチ、そして大惨事
まず大惨事の現状について。すなわちグローバル・サプライチェーンの混乱だ。流通、企業、消費者の自宅での購買行動など、モノの流れが劇的に変化し、まだ解決を見ていない。
ただし、これは製造と輸送だけの問題ではない。現在の賃金や条件でも喜んで仕事をするというトラック運転手も不足しているのだ。運転手の賃金は数十年、停滞している。より意義のある仕事や、より高い賃金の仕事を求める人々からの反発もあり、不平等が限界に達していることがうかがえる。
しかし、一連の混乱の中でも、企業はサプライチェーンをより持続可能なものにする努力をやめていない。特に、事業活動のバリューチェーンから排出される温室効果ガス、すなわち「スコープ3」の排出量が注目されるようになった。企業はより多くの情報を要求し、より高い基準を設定して、供給業者にたとえば気候変動や人権に関する要求を突きつけている。
企業が使う「ムチ」の例として、セールスフォース・ドットコムは供給業者に対して、科学的根拠に基づく目標値を設定し、セールスフォースのサステナビリティの向上に協力するよう「要請」した。それができなければ罰金を科すとしている。一方で「アメ」は、たとえばテスコとサンタンデール銀行が提携を結び、テスコの供給業者が事業を改善する際に、サステナビリティに関する目標で前進が見られた場合に限り優先的に融資を行うとした。
●自動車業界は一体となって電気自動車に邁進
新たに創出される電気容量の大部分を安価な再生可能エネルギーが占めていることなど、クリーンエコノミーへの移行が非常に速いペースで進んでいる兆候はたくさんある。ただし、2021年については、自動車業界の動きほど劇的なものはなかった。
数年前から進行していた変化だが、大手自動車メーカーおよび数十カ国の政府が、今後15~20年でガソリン車の販売を中止すると表明している。ほんの一例を挙げると、フォードは数十億ドルを投じて、米国内に4つの大規模なバッテリーと電気自動車(EV)の工場を建設すると発表した。
投資のペースを考えれば、これが後戻りすることはない。EVは未来なのだ。2021年の締めくくりとして、テスラのイーロン・マスクが『タイム』誌の「今年の人」に選ばれた。
●IT業界は二重人格の最優秀演技賞
IT大手はサステナビリティの主要な提唱者になりうる。セールスフォースのように地元の住宅危機やホームレス問題を支援する企業や、気候変動対策を積極的に推進している企業もある。マイクロソフトとグーグルは事業で消費する電力の100%を再生可能エネルギーに切り替える(24時間365日「グリーン電力」のみ)計画を進めており、炭素隔離に投資している。
グーグルは「10億人がよりサステナブルな選択をできるように手助けする」新しいツールも提供している。たとえば、ユーザーがグーグルで検索したフライトのうち最もフットプリントが少ないものを明示する。さらに、気候に関する誤った情報を掲載する広告を止める、ワクチンに関する嘘を助長する動画をユーチューブから排除するなど、現代の最大の問題である「誤情報」への取り組みを始めている。
どれも素晴らしい努力だ。しかし、メタの最大のブランドであるフェイスブックは、相変わらず世界的な誤情報の拠点になっている。勇敢な内部告発者が、フェイスブックが自身のもたらすネガティブな影響を熟知していることを暴露した。世界的に怒りと不信感をあおっていることも、(インスタグラムを通して)少女のボディイメージの問題を悪化させていることも、彼らは承知しているのだ。
マイクロソフトやグーグルなど気候変動対策のリーダーの裏の顔があらわになったのは、気候変動対策関連の投資が史上最高額となる連邦予算案を米国商工会議所が潰そうとした際に、沈黙を通した時だ。このような現実との食い違いは、長くは続かないだろう。
2021年のストーリーはまだたくさんあるが、そろそろ前を向こう。