フリーアクセス型の医療制度がもたらす影響

――ヘルスケア領域でデジタル化が進まない要因として、日本の医療福祉制度や政策の問題も考えられますか。

石川 OECD(経済協力開発機構)加盟37カ国における1人当たりの医療機関受診回数を調べてみると、日本は年間12.6回と圧倒的に多く、OECD平均のほぼ2倍も病院に行っています。

 背景にあるのは医療制度です。日本やドイツは「フリーアクセス型」で、患者が受診先の診療機関を自由に選択、変更可能な制度です。ドイツの年間受診回数は9.9回で、日本に次いでOECDで2位となっています。

石川雅崇
アクセンチュア
執行役員
ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ日本統括 兼 ライフサイエンス プラクティス日本統括 シニア・マネジング・ディレクター

同志社大学卒業後、アクセンチュア入社。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院エグゼクティブMBA修了。現在はデジタルによる企業成長戦略や新規事業戦略の立案、企業変革を主に推進。ライフサイエンス日本統括として、ヘルスケアに関する業界横断での変革にも取り組む。早稲田大学客員教授。『サーキュラー・エコノミー~デジタル時代の成長戦略~』(日本経済新聞出版社、2016年)監訳、『ヘルスケアの未来』(同、2020年)監修。

 対して米国や欧州諸国(ドイツを除く)は「ゲートキーパー型」で、患者は1人のプライマリケア医(GP)を登録し、専門医療を受ける場合には原則としてGPが患者を専門医に紹介する制度になっています。

 日本のようなフリーアクセス型の国では、診療機関に容易にアクセスでき、医師も対面診療を望む傾向が強いので、ゲートキーパー型の国に比べてデジタルヘルス利用率が低めです。

 また、検査が多いことも特徴の一つです。たとえば、デジタルヘルス利用率とMRI検査数の相関も調べてみたところ、やはり日本とドイツは、デジタルヘルスの利用率が低く、MRI検査数が多いという結果になりました。フリーアクセス型かつ検査を重視するがゆえに、頻繁に病院へ通い、結果として、デジタルヘルスの利用率が低くなっているようです。

――日本のヘルスケアシステムは国際的に見てよくできている、新型コロナへの感染症対策も結果的にはそれほど悪くなかったという意見もありますね。

石川 たしかに、日本は高水準の医療制度に支えられているといわれています。体の不調があればすぐに病院にかかることができ、他国に比べ長寿命を誇っています。

 しかし一方で、受診時の待ち時間が非常に長く、非効率だという問題があります。また、フリーアクセス型では患者自身が医療機関を選んで受診するため、初診から適切な専門医に診てもらうのが難しいケースも多いです。

 何より問題なのは、デジタルヘルスを利用しないということは、医療情報がデータとして蓄積されない、すなわちデータ利活用の基盤がいつまで経っても整わないということです。一つ顕著な例を挙げましょう。

 医薬品を効率よく、早期に開発するには、リアルワールドデータつまり世の中にあるデータを元にした臨床試験を行うことが欠かせません。しかし日本はリアルワールドデータ(RWD)を用いた臨床試験数が圧倒的に少ないうえに、この傾向は年々顕著になっています。RWDも含めたデータが整備されていないことで、他国と比較して臨床開発にコストと時間がかかり、日本で薬を上市したいと考える企業が減っています。結果、海外では承認されているが日本では未承認、という薬が増えている状況があります。

 電子カルテの普及率の低さも問題です。日本は40%で、北欧諸国の100%、ドイツの90%、米国の67%と比べてもかなり低くなっています。

 また、日本は他国と比べて医療のほかにも、保険や介護などの各種データが機関・制度で分断されており、データ利活用の基盤整備で後れを取っています。

 結果、データ統合が先行していた保険者側が持つ保険金請求データや特定検診・薬剤情報データなどを除くと、特定の患者さんの医療機関横断での受診・治療履歴が追跡可能になっておらず、日本においては医療データの連携が進んでいません。対して、データ連携可能な医療機関のデータカバー率で見ると、アメリカが75%、シンガポールに至ってはすべての公立病院で診断・検査結果、薬歴、処置内容、退院記録といった患者の基本情報が連携されています。

 しかし、日本の厚生労働省もデジタルヘルス普及に向けた施策を進めており、同省データヘルス改革推進本部が発表している「データヘルス改革に関する工程表について」を参照すると、マイナポータルを中心にPHR(パーソナル・ヘルスケア・レコード)として続々とヘルスケアデータを連携させていく計画を立てていることがわかります。
 

デジタルヘルスの普及が、日本の課題を解決する

――デジタルヘルスが普及した先には、どのような未来が展望できますか。

石川 近年は、問診AI、ウェアラブルデバイス、在宅検査が急速に進化しています。これにより、在宅でのデジタル受診相談や診療支援による効率化、慢性疾患の個別管理・行動変容による重症化予防といったことが進むと予想されます。

 たとえば、現在はフリーアクセスであるがゆえに、「受けるべき診療科がわからない」という患者さんが、高度な専門治療を行う特定機能病院に集まってくるという実情があります。在宅でのデジタル受診相談・診療支援の普及は、こうした問題の解決につながるはずです。

 英国では患者の健康状態からAIが受診の必要性を診断し、緊急度が低い場合は自己治療に誘導するといったサービスによって、初期診断の患者数が減少し、患者の予約待ち時間の短縮、医師の負担軽減につながったという事例があります。

 慢性疾患については、遠隔モニタリングで得られる情報を医師とリアルタイムで共有することで、医師の診断・治療の精度向上や患者の意識・行動変容による症状改善が期待されることが研究結果からわかっています。

 日本が目指すべきは、ヘルスケア・ライフサイエンス領域のデータプラットフォームを構築することによって、病気になるリスクを早期に検知して予防していくこと。万が一病気になったとしても、デジタルソリューションを活用して、日本が誇る高度で専門的な医療体制を高効率で適切に利用できるようにすること。そして、慢性疾患についてもしっかり自己管理ができて、より健康で、ウェルビーイングを実感できる日常生活を送れるようにすることだと思います。