(3)ロードマップを提供する

 従業員にアップスキリングの機会を提供することで、企業はより多面的で、バランス感覚に優れた人材を育成することができる。

 しかし、従業員は終わりの見えない長期のトレーニングプロセスや、自分の立ち位置が不確かな状態に不満を覚える。さらに、あるHR担当幹部が「従業員を昇進させられる役職の数は限られている」と語ったように、トレーニングの努力がすぐに報われないこともある。

 アップスキリング・プログラムの重要な点は、パフォーマンスを測定するための明確な「道筋」と「道標」を示すことだ。それによって従業員がプロセスを理解できると同時に、彼ら自身の進歩をうながすことができる。

 センゲージでは、職務レベルごとに求められるコンピテンシーを明確にした「ロール・パフォーマンス・ディメンション」を採用している。たとえば、自分は「説明責任の遂行」や「多様な人材の活用」を実践していると証明するために、具体的にどのような行動が求められのるかを伝える。

 コンピテンシーを明確にすることで、従業員は自分の現状を自己評価できるようになり、アップスキリングに取り組む中で、個人的なギャップや機会を特定することができる。自社のコンピテンシーを明確にしていない企業は、コーン・フェリーの「リーダシップアーキテクト」のようなリソースの活用から始めることも可能だ。

 メディカスの従業員は、自分のパフォーマンスを会社の基準に沿って評価することができる。「RYG」(Red=赤、Yellow=黄色、Green=緑)という指標を用いて、従業員は自己評価を行うと同時に、マネジャーや人材開発の専門家に進歩やパフォーマンスを確認してもらう。この両方を実施することで、従業員は自分の活動にみずから責任を持ちながら、定期的にフィードバックを受け、会社の期待値と自分の実際のパフォーマンスとを比較できるのだ。

 従業員が、キャリアアップのために何が期待されているかを把握し、自分自身を評価するための明確な指標を提供すれば、それは彼らが仕事を進める際のフレームワークとなる。さらに、企業が組織の長期戦略の一環として、トレーニングや人材開発、リテンション、昇進などの評価基準を検討し、アップスキリングプログラムの効果を評価するフレームワークにもなる。従業員にいま投資し、彼らをエンゲージさせることで、将来の変化にも対応できる人材を育成することができるのだ。

働き方の未来に向けてアップスキリングを統合する

 この1年半で、働き方の未来は現実のものになっていることが明らかになり、アップスキリングは従業員を維持・育成し、組織の成長と戦略的ポジショニングを実現するうえで不可欠なツールとなった。

 ただし、アイスホッケーの名選手ウェイン・グレツキーが言うように「パックが進む先に向かって滑る」ために、多彩な従業員が、いまいる組織で将来のパフォーマンス向上に向けた能力開発を行うことに価値を感じられるような、スキルとコンピテンシーを特定することが難しい場合もある。

 従業員のアップスキリングの機会を検討する際は、エンパワーメント、エンゲージメント、そしてプランニングが重要だ。従業員のニーズや要望に耳を傾け、それに基づいて行動することが、将来の成功につながる。


"How to Build a Successful Upskilling Program," HBR.org, January 18, 2022.