「強い工場長」を再評価せよ

入山:実に面白い研究だと思います。やはり、工場長クラスの重要性にはもっと注目すべきですね。

 例えば東日本大震災のときも、官邸が混乱しきっているさなか、原発事故を収束させようと最後まで踏ん張ったのは東京電力の現場でした。その指揮を執ったのは、福島第1原子力発電所の所長だった吉田昌郎さんでしたよね。

 あるいは新型コロナウイルス感染症の流行でも、現場の指揮者として尾身茂さんが果たした役割は大きい。尾身さんご本人には賛否両論あるかもしれないけれど、方針を二転三転させる政府に真っ向から意見できたのは、尾身さんの百戦錬磨ぶりがあってこそでしょう。

 そういう「強い工場長」がいたからこそ、かつての日本は成長できたという背景もあるわけですよね。

大木:それは間違いないですね。ただ、ここから先は少し感情論になるのですが、そうやってミドルで戦ってきた人たちが、現状ではあまりに報われていないと感じます。

 長年、海外の工場で活躍してきた方が、定年間近で日本に呼び戻されて、しかもそこでの経験を活かせない仕事を数年して退職する、といった話をよく聞きます。

 本社の人間としては、彼らを持て余しているのだと思います。海外で何十年も戦ってきた人間と、ずっと本社にいた人間が互角に戦えるわけがありません。本来ならもっと、彼らのポテンシャルを引き出せるはずであるのに、もったいない限りです。

ロールモデルなき日本の現場

入山:なるほど。昔はそういう方も大切にされていたのに、今はそうではないとすれば、そこにはどのような背景があるのでしょう?

大木:工場の第一線で活躍されてきた方のお話を聞くと、まさに同じような先輩の背中を見て育ったと、皆さんおっしゃいます。やはり若いときに、先駆的なリーダーの活躍ぶりを見て感じ入ったというような体験が大事だと。

 そして今は、その方々の背中を見てきた人たちが、海外の現場で活躍している。ところが問題は、そのあとに続く人がいないということです。

 いまや日本国内の工場は、増産はほとんどなく、コストをひたすら削るだけの現場になってしまっていて、まさに成長の中でがむしゃらに頑張っているリーダーの背中を見る機会がありません。つまり、今の日本の若い世代には「ロールモデル」がいないのです。

 もちろん、一部にはこの問題を重く捉えて、工場長になる人材を一生懸命育てようとしているトヨタやデンソーのような企業もあります。

入山:いや、私も反省します。私も何社か取締役をやっていて、経営サイドの人間です。現場は大事にしているつもりなのだけど、現場で求められる能力と、経営に求められる能力は違うよねという感覚はどうしてもある。

 財務諸表が読めるのかとか、IRRの計算ができるのかという話になってくると、どうしても現場に精通した人材が「上がる」チャンスが少なくなりますよね。

大木:そうですね。むしろチャンスがない企業のほうが多いかもしれません。

入山:どうすればいいんでしょう。

大木:とても難しい問題ですが、研究者としては、それが本当にいいのか悪いのかという問いを、もっと投げかけていかなくてはならないと思っています。「現場を大事にしろ」という話は以前からされていますが、現場を大事にすればパフォーマンスが上がるというデータ分析は、いまだに行われていません。

 定量でも定性でも、パフォーマンスを実証するような分析をもっと積極的に行っていかなくてはならないというのは、1つ言えることだと思います。

全日本人を「ブルーカラー」に

大木:もうひとつ、私自身はこういう話をなるべく院生ではなく、学部生に伝えていきたいと思っているのです。それで課題感を持ってくれた学部生が、どこかの企業に入って偉くなれば、状況も変わっていくのではないかと期待しています。

入山:海外では、現場を大事にするトップも多いですよね。イーロン・マスクなんかも、寝袋を持参して工場で寝泊まりしているらしいですし。

 もしかしたら日本の場合、現場と経営層、つまりブルーカラーとホワイトカラーの分断が起きすぎているのが問題なのかもしれません。先ほどの「ライトブルー」のように、両者を融合させた人材が経営陣に入ってこられるのが理想なのでしょうね。

大木:ブルーでも上のほうに行けるし、ホワイトだってブルーのことを知らなければ上には行けないんだという2つのルートの存在が、もっと周知されるべきだと思います。

 既得権益にこだわるホワイト層はいやがるかもしれませんが、そこで歩み寄ることができないのなら、ホワイトカラーなんてもはやAIでいいと思うんですよ。

入山:本当にそう思います。元ネスレ日本の高岡浩三さんも「ホワイトカラーは要らない」と、常々おっしゃっていますね。これからは、全日本人がブルーカラーになる時代に変わってゆくのかもしれません。

【注】
1)企業の行動・パフォーマンスは、その企業の経営者<あるいは経営チームメンバー>の個性・特性・経験などに大きく影響を与えることを説明する理論(『世界標準の経営理論』第11章コラムより)
2)社会・組織の常識(=同質化)が生まれるメカニズムを説明する理論(『世界標準の経営理論』第28章より)
3)大木清弘(2018)「日本企業の海外子会社における現地従業員の活用: 意思決定権限の観点から」『日本労働研究雑誌』60(7), 54-66.
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/07/pdf/054-066.pdf

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動画連載「入山章栄の世界標準の経営理論」はこちら

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