●「プロジェクトをコントロールできなくなることへの不安や、自分こそがその仕事を最も適切にこなせる人間だという自負ゆえに、課題を誰かに任せたり、周囲の人たちに頼ったりすることができない」
物事をコントロールしたいという欲求を満たそうとすれば、手に負えないほど大量の業務を抱え込むことになりかねない。加えて、仕事をなかなか手放さず、信頼できる人にしか任せなければ、チームメンバーは自律性が損なわれていると感じるだろう。その結果、彼らのパフォーマンスは低下する。
あなたの専門性が必要とされる高リスクの課題と、誰かに任せても問題のない低リスクの課題の区別を明確にしよう。ほかの人たちの能力を開発して仕事を任せることで、時間的なゆとりをつくり出し、自分が最も大きな価値を生み出せる仕事に時間を割くべきだ。
誰かが問題の解決策を見出した時は、それを祝福すべきだ。「自分ならこうやった」と言いたくなるかもしれないが、その欲求を抑えよう。
●「仕事を片づけてしまいたいという欲求が強いと、コミュニケーションのあり方にも影響を及ぼし、本来は不要な業務をつくり出し、ほかの人たちにストレスを与え、その後のやり取りで自分の首を絞めることになる」
仕事を完遂すること自体が目的化すると、チームメンバーに無用のストレスを与えることになる。チームの本来の課題とは関係のない、不明瞭な目標を追求させてしまうこともある。たとえば、あなたが夜遅くに、その日のやることリストを片づけようと慌ててメールを送信し、熟慮せずに指示を出した結果、周囲の人たちが振り回される。
すべてのメールに返信するなど、「仕事を片づける」ことを優先課題にしてはならない。試しに、すべてのメールに返信するのをやめてみよう。重要性の乏しい業務や依頼は後回しにしたり、無視すると決めたりしよう。あるいは会議への出席をやめてもよい。誰も気づかないかもしれないのだから。
●「曖昧さを嫌い、途中で修正していくことを好まないことで、計画を過度に練り上げたり、計画への支持を取りつけたりするために、コラボレーションに労力を割きすぎる」
曖昧さを嫌う人は、情報をどれだけ集めても満足しない。プロセスが十分に明確になっても、計画が完璧に練り上げられても、けっして満足することはない。より多くのデータ、より入念なプロセス、より優れた戦略を常に探し続けるのだ。そのような要求は他人の時間を奪うことになる。
基本的な方向性が間違っていなければ、新しい情報を入手するたびにアイデアや計画を修正するアプローチを受け入れたほうがよい。3時間費やして緻密な計画を立てたり、完璧なプロセスを考えたりするよりも、計画を前に進めるために有用な解決策を20分で生み出すことを目指そう。
●「自分だけ取り残されることを恐れるあまり、コラボレーションに没頭し、業務を過剰に抱え込んでしまう」
自分だけ取り残されたくないと思うと、新しいコラボレーションに乗り出すという非生産的な選択をしがちだ。その結果、自分のキャリアの目標や望みとそれほど関係のない仕事を引き受けて、過度の負担に苦しみかねない。
新しいプロジェクトに参加する時は、恐怖心や社会的比較に起因する情緒的な条件反射で行動していないか自己点検するとよい。また、あなたのことをよく知る人たちとの関係を深めることも重要だ。そのような人間関係を通じて、自分だけ取り残されるという恐怖心を打ち消そう。恐怖心に突き動かされるのではなく、自分にとって本当に大切な行動を取ることが目的だ。
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筆者がインタビューを行った人の90%は、明らかに疲弊し、燃え尽き状態に陥っていた。その原因は、本来の業務による負担が増したことではなく、コラボレーションの要求が増加していることにある。そのような要求はコロナ禍の前から劇的に増大しており、コロナ禍でも増加傾向は続いている。
しかし、10人に1人は自分のペースで行動し、大きな成果を上げ、高いレジリエンスを発揮し、仕事以外の場面でも可能性を切り拓いていた。10%の成功した人たちに見られる違いは、非生産的なコラボレーションの引き金になりうる要因に目を向けていることだ。
考えてみてほしい。今日、多くの人は過去の世代とは比較にならないほど、自分がどのような活動に携わり、誰と一緒にそれを行うかをみずから決めることができる。昔の人たちは羨ましさを感じるはずだ。せっかくの贈り物を活用しない手はないだろう。
"Where We Go Wrong with Collaboration," HBR.org, April 04, 2022.