(5)より大きな実存的コストが見えていない

 保険大手スイス・リーによると、気候変動に対して行動を起こさなければ、2050年までに世界GDPの約18%が失われる。深刻な経済不況に匹敵する数字だが、それでも地球は存続できると思うかもしれない。

 ただし、これは集約された数字であり、物語の一部にすぎない。カナダやシベリアのように、植物の生育期が長くなり、経済的利益を得る地域もあるだろう。

 しかし、それ以上に、マイアミやバングラデシュの大部分、低地しかない島国など、浸水し続ける地域のほうが多い。気温が高すぎて、人間が暮らせない都市も出てくる。これらの地域経済が損失を被るリスクは、18%ではなく100%だ。

 社会的損失は、事業コストに直結する。干ばつで農作物が枯れ果て、異常気象によってサプライチェーンが遮断され、従業員や顧客は困難に直面する。これらすべてが企業の損益に打撃を与え、その多くは深刻な打撃となる。

 解決策:世界全体の閾値を理解し、ネットポジティブの観点で考える

 人間は未来予測が不得手であることは、周知の通りだ。指数関数的な変化を理解せず、局所的な状況にしか目が向かないことも、人間が犯す大きな過ちの一つだろう。だからこそ、気候変動や不平等、資源利用、クリーンテック経済、AI、偽情報・誤情報など、非線形に変化する社会の大きなトレンドを研究することが欠かせない。

 たとえば、「自社が事業を運営している都市で人間が暮らせなくなる」といった極端な状況を想定し、確率は低いが重大なリスクを整理する(実際、その必要に迫られるかもしれない。米国証券取引委員会〈SEC〉は、気候変動リスクの開示を義務付けようとしている)。

 その際は、「これらの実存的リスクを回避するための投資は、ネットポジティブにどれくらいの価値をもたらすか」という点も検証する。バリューチェーンに含まれるパートナー、あるいはNGO・政府・市民を含むシステム全体で、構造上の課題に取り組み、ネットポジティブな思考を習得すべきだ。それにより最大の問題を解決し、誰にとっても利益をもたらすだろう。

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 本稿で紹介した5つの思考の壁は、投資判断に影響を与える要因を網羅しているわけではないが、サステナビリティ投資を妨げる主な障害である。このメンタルモデルは、勝つか負けるかの二択しかない、狭量でネガティブな思考を露呈している。

 筆者らは共著Net Positive(未訳)の中で、社会問題を解決し、それらの問題の影響下にあるすべての人々のウェルビーイングを高めるようなビジネスの構築法を探っている。そのためには勇気と謙虚さが必要だが、同時に、我々は協力して多くの問題を解決することができ、あらゆるサステナビリティに関して経済性を改善できるというマインドセットを持つことも重要だ。ウィン・ウィンと言えるほど単純ではないが、互いに協力することで、より多くを成し遂げることができる(筆者らはこれを「1+1=11」になると表現している)。

 従来のやり方で考えるほうが、たしかに簡単だ(率直に言って手っ取り早い)。これらの問題と向き合い、投資に対してよりよいリターンを求める通常の方程式に、持続可能性を組み入れることもできるだろう。

 しかし、考えてみてほしい。従来の方程式にこだわる必要が、本当にあるのだろうか。人類が存続するための投資を正当化しなければならない。人類の未来を絶つものに対する投資はやめるべきだ。これらの必要性を証明するための努力は、ますます不合理で非現実的なものになっている。

 マクロレベルでは、「行動を起こすコストが、行動を起こさないコストをはるかに下回る」段階はとうに過ぎている。繰り返しになるが、地球の大部分が居住不可能になりつつあることは、ビジネスにとっても深刻な問題だ。我々が共有する未来に対する投資は、間違いなく有益な投資である。


"Yes, Investing in ESG Pays Off," HBR.org, April 13, 2022.