経済学における社会経済的ダイバーシティの問題を定量化する

 では、経済学における社会経済的ダイバーシティの問題は、具体的にどれほど深刻なのか。

 筆者と、筆者の共同研究者でミシガン大学に在籍するロバート・シュルツは、ピーターソン国際経済研究所から発表した新たな研究の中で、米国立科学財団の博士号取得調査のデータを分析した。この調査は、米国の大学の全博士号取得者を対象としている。

 あらゆる学問分野の博士号取得者について、第一世代大学生が占める割合を尺度とした場合、経済学は米国の主要学問分野の中で、最も社会経済的ダイバーシティが低いことが判明した。

 経済学は国際性が極めて高い分野であり、親の学歴と社会経済的バックグラウンドとの関連性は国によって異なる。科目ごとの留学生比率の違いが結果を左右しないよう、筆者らは米国生まれの博士号取得者のみを対象とする分析も行った。この学生群において、経済学の社会経済的ダイバーシティの低さはいっそう際立っていた。非大卒の親を持つ博士号取得者の割合が最も低く、両親の少なくとも一人が大学院の学位を有する割合が最も高かったのだ。

 すなわち、米国生まれの博士号取得者の間で、美術史学や古典学といった典型的なエリート科目と比べてもなお、経済学の社会経済的ダイバーシティが乏しかったのである。

 より具体的には、過去10年間において、米国生まれの経済学博士号取得者のうち、第一世代大卒者は14%(およそ6人に1人)に留まるのに対し、米国の博士号分野全体では26%だった。さらに、過去10年間の米国生まれの経済学博士号取得者の中で、両親の少なくとも一人が大学院の学位を持っている割合は65%に上るが、米国の博士号分野全体では50%だ。

 経済学と他の学問分野を比較することは一つの方法ではある。しかし、経済学者の経験が、一般人口の経験をどの程度反映しているのかを知りたいなら、経済学博士号取得者のバックグラウンドと一般人口のそれとを比較しなければならない。

 この点において、格差はよりいっそう際立っている。近年の米国生まれの経済学博士は、ほぼ同年齢の平均的な米国人と比べて、親が大学院の学位を持つ割合が約5倍だ。大卒の親がいない家庭の出身である割合は、わずか5分の1である。

 ここまでの結果が意味するのは、私たちがダイバーシティ関連の取り組みを実施する際に社会経済的バックグラウンドを考慮しなければ、不利な立場に置かれている人々に関する重要な軸を見落とし、本当に必要な意見を取り入れることができないということだ。

 たとえば、経済学では平均的に、男性が過剰代表(一般人口における割合に比べて集団内の割合が不当に多数)だが、第一世代大卒者の男性は一般人口に比べると圧倒的に過少代表(不当に少数)であり、社会経済的に恵まれた女性は実際のところ過剰代表だ。また、経済学で白人とアジア人は過剰代表だが、第一世代大卒者の白人とアジア人は過少代表である。

 ジェンダーと人種に加えて階級にも目を向けなければ、ダイバーシティとインクルージョンの取り組みは、(筆者のように)社会経済的に恵まれた白人女性――すでに経済学では過剰代表だ――を優遇するだけに終わりかねない。その犠牲となるのはおそらく、経済的に恵まれないバックグラウンドを持つ、あらゆる人種とジェンダーの人々だ。

 筆者らの研究は、過少代表のグループに対して、社会階級を踏まえた交差性レンズを用いることが重要だと如実に示している。米国生まれの経済学博士の中で黒人が占める割合はただでさえ低いが、黒人の第一世代大卒者(つまり二重に不利な立場に置かれている人)の割合はさらに低い。ヒスパニック系の学生も似た状況にある。

 そして、黒人女性の第一世代大卒者で経済学博士号を取得する人の割合は、それ以上に低い可能性が高いが、数が少なすぎて分析できない。この事実自体が実態を示している。