●必要最小限のアイデア
必要最小限のアイデアという戦略は、インテリジェント技術を用いて、従来型産業の弱い部分に狙いを定め、素早い市場参入を果たすために、短期間でスケールできる優れた顧客体験を提供する。
ダニエル・シュレイバーとシャイ・ウィニンガーが共同創業したニューヨークの保険会社レモネードは、賃貸者、マンション所有者、住宅所有者、ペットの飼い主に補償を提供する。同社のAIを搭載したアプリは、見積もりの取得と保険金の支払いを、場合によっては数秒で効率化する。しかしウィニンガーは、「レモネードは保険事業を営むテクノロジー企業であり、アプリを駆使する保険事業者ではありません」と言う。
レモネードはAIチャットボット、機械学習とクラウドを組み合わせ、消費者の間でこの業界が広く嫌われる原因となっている従来の保険の特徴に、レーザーのような精度で焦点を定めた。そして専門知識の要素として、このループに人間を加えるという驚くほど独創的な方法を見出した。
同社の保険金請求プロセスを考えてみよう。ユーザーはアプリの「請求」ボタンをタップし、マヤと名付けられたチャットボットに向けて、何が起きたのかを伝えるだけでよい。フォームへの記入も、電話の順番待ちも、一つの部署から別の部署に回されることもない。同社のAIは不正防止アルゴリズムを実行し、請求がすぐに承認されると即座に支払いをする。承認率は30%近い。承認されない場合、請求は人間に引き継がれ、担当者は保険契約者になるべく早く連絡する。
このプロセスが非常にスムーズである理由の一つは、レモネードの創業者らが「保険会社に内在する利益相反」と見なしたものを解決する金融モデルにある。利益相反とは、顧客からの請求のうち会社が支払いを拒否した額は、すべてそのまま会社の利益になることだ。これは、あらゆる手を尽くして請求額の拒否や引き下げをする動機を保険会社に与え、顧客には請求を水増しする動機を与える。
レモネードは、各保険料から一定割合のみを徴収する。請求されずに余った分は、毎年「ギブバック(お返し)の日」に、契約者が関心を持つ有意義な慈善活動への寄付という形で還元される。同じ慈善活動を選んだ契約者たちは、仮想のピアグループに参加する。各ピアグループから徴収された保険料は、グループ内の保険金請求への支払いに使われる。余った金額は、グループの活動資金となる。
2020年のギブバックの日に、同社は34の非営利団体に110万ドル以上を寄付した。寄付先にはユニセフ、ダイレクト・リリーフによるコービッド・レスポンス基金、マララ基金、ボーン・ディス・ウェイ基金などが含まれる。
この保険金請求プロセスのループにおける人間は、顧客自身だ。顧客は請求を行う時、レモネード側には不当に拒否や減額をする動機がないことを知っている。同じように重要な点として、請求額を水増しすれば、自分たちが強い関心を寄せる慈善活動に渡る額がその分減ることを理解している。このダイナミクスは、人間がループに加わるだけでなく、人間ならではの道徳意識を中心に置いている。