独自の「因果関係検証モデル」を九州大学が監修
――ESGの取り組みが企業価値の向上に貢献しているかどうかは、どうやって導き出すのでしょうか。
保科 個別のESG施策を投資家がどのように評価し、それが時価総額にどう影響するのかを検証する「因果関係検証モデル」を構築しました。時価総額はさまざまな要因によって増減しますが、企業規模や市場動向といった要因は排除し、株主評価に絞り込んで時価総額との因果関係を導き出しています。
この「因果関係検証モデル」は、サステナビリティ研究で最先端を行く九州大学都市研究センターと連携し、同センター長の馬奈木俊介教授、武田秀太郎准教授の監修の下、学術的に確立された知見に基づいて構築しています。
アクセンチュアは、ビジネスの最前線で培ったAIの実装力を強みとしていますが、これに九州大学の計量サステナビリティ学研究の豊富な知見を組み合わせることで、より精度の高い因果関係を導出できるようになりました。

AIグループ日本統括 AIセンター長
マネジング・ディレクター 博士(理学)
Gakuse HoshinaAI・アナリティクス部門の日本統括およびデジタル変革の知見や技術を結集した拠点「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」の共同統括として、AI HUBプラットフォームやAI Poweredサービスなどの開発を手がけるとともに、AI技術を活用した業務改革を数多く支援。『データドリブン経営改革』(日本経済新聞出版、2022年)、『責任あるAI』(共著、東洋経済新報社、2021年)、『AI時代の実践データ・アナリティクス』(共著、日本経済新聞出版、2020年)など著書多数。
――インプットするデータは、どのようなものですか。
保科 ユーザー企業ごとにインプットするデータはカスタマイズ可能ですが、デフォルトでは日経225構成銘柄の12年分の全468指標をインプットしています。ESGなどの非財務データのほか、貸借対照表や損益計算書、キャッシュフロー計算書などの財務データも加えた指標です。ESG施策だけでなく、財務施策が時価総額にどう影響するのかもあわせて可視化することができます。
このデフォルトデータの分析結果に基づいて、業界全体における自社の立ち位置や、競合他社との取り組みの違いを比較します。業界横断で企業価値向上に貢献度の高い指標とそうでない指標を比較し、自社が今後取り組むべきESG施策の方向性を検討することも可能です。
――インプットデータはカスタマイズ可能ということですが、時価総額以外をシミュレーションすることもできるのでしょうか。
保科 もちろんできます。たとえば、財務施策やESG施策によって売上高や利益額が時系列でどう変化するかといったシミュレーションを行うことも可能です。あるクライアント企業では、個別ニーズに合わせてデータを集めたり、シミュレーションの対象を変えたりするカスタマイズ対応を行っています。
――「AIP EVC」によるデフォルトデータの分析では、企業価値との因果関係についてどのような結果を得られたのでしょうか。
保科 先ほども述べたように、デフォルトデータは日経225構成銘柄の全468指標ですが、これを企業価値へのインパクトが大きい順にランキングしたところ、1位は「女性役員比率」、4位は「女性役員人数」、6位は「女性管理職(部長職以上)比率」、10位が「LGBTに対する基本方針の有無」など、ジェンダーの多様性に関する指標の影響度が大きいことがわかりました。
在宅勤務や産休制度などの福利厚生に関する指標もランキングの上位に入っています。「営業利益」(2位)、「ROE(自己資本利益率)」(3位)など、財務指標のインパクトも当然大きいのですが、ESGのS(ソーシャル)に関する指標がトップ10のうち8つを占めるなど、ソーシャル関連指標と企業価値の因果関係がとても強いことが明らかになりました。
また、G(ガバナンス)に関する指標も、「内部通報・告発の件数」が16位、「ステークホルダーエンゲージメントのCSRレポートでの報告有無」が18位と、比較的影響度が高いことがわかりました。
これに対して、E(環境)に関する指標のランクは、SやGに比べると低く、企業価値に及ぼす影響は、現状では思ったほど大きくありませんでした。ただ、脱炭素化など環境施策への投資が日本で本格化するのはこれからですから、今後は企業価値へのインパクトが大きくなっていく可能性があります。
――日本を代表する企業群を分析した結果として、財務に劣らず非財務要素の企業価値に対するインパクトが大きいという傾向が明らかになったというのは、非常に興味深いですね。業界別では、どのような傾向が表れたでしょうか。
保科 ESGへの取り組みが時価総額の押し上げにつながっている業界もあれば、逆に財務面での影響が極端に強い業界もあります。
たとえば、サービスや医療医薬・バイオ、小売りなどの業界は、ESGの指標が時価総額を押し上げている傾向があります。特に、接客など顧客接点の多い業界ほど、ESGの中でもソーシャルに関する取り組みが、企業価値向上に直結しています。
一方で、情報・通信・広告は、ESG指標と比べ財務指標の影響が圧倒的です。ただ、これまで以上に企業価値を上げていくためには、ESGへの取り組みを加速する必要があります。
――顧客接点の少ない業界は、ESG施策を強化しても企業価値向上に結び付きにくいということでしょうか。
保科 そうとは言い切れません。たとえば、ESGの取り組みがあまり進んでいないように見える機械・エレクトロニクス業界でも、個別の企業で見ると取り組みにばらつきがあり、ESG施策を積極的に行っている企業はその取り組みが評価され、結果、株主評価が高くなっています。
どの業界であろうと、その業界として適切なESG施策を行えば、株主から高く評価され、結果的に企業価値を高めることができます。
「AIP EVC」は、企業ごとの経営戦略の変化と、その影響による時価総額の変動を時系列で示すことができます。仮に時価総額が増加した場合、財務要因と非財務要因のどちらによるものなのか、非財務要因であれば、ESG要素のうちどの施策が効いたのかという関係性を、時系列で追っていくことが可能です。