ゾンビ企業の歴史

 ゾンビ企業が注目されるようになったのは、1990年代の日本の「失われた10年」に関する研究が始まりだった。

 当時、日本の経済が不振に陥り、借入金の利息の返済すらできない企業が続出した。通常であれば、このような企業は破綻する。しかし、日本の多くの金融機関は、返済の猶予を認めた。自社の株主に対して、融資の全額を回収することができなくなった可能性が高いと認めたくなかったからだ。このように日本の金融機関は、倒産していても不思議でない企業を、ゾンビのように延命させたのだ。

 しかし、ゾンビ企業は日本だけに見られる存在ではない。2008年の金融危機の後、世界のさまざまな国でこのような企業に関する報道が目につくようになった。

 2017年に経済協力開発機構(OECD)のエコノミストたちが発表したリポートによれば、ベルギー、フィンランド、フランス、イタリア、韓国、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国で、ゾンビ企業が増えている。

 しかも、ゾンビ企業の増加は生産性の停滞と関連があるように見えた。この種の企業が存続し続けていることは、その国の経済にとって好ましくないと、OECDのリポートは指摘した。

 企業が倒産を免れれば、差し当たりは痛みを小さくできるかもしれない。しかし、新しい企業の誕生や、生産性の高い企業の成長が妨げられる可能性がある。ゾンビ企業が握り続けている市場シェアをほかの企業が手にすれば、もっと有効に活用できるはず、というわけだ。

 なぜゾンビ企業が増えているのか。国際決済銀行(BIS)の2018年のリポートがこの問いに対する答えを示している。

 ゾンビ企業の増加と低金利の間に関連があると、BISのエコノミストたちは指摘したのだ。とりわけ大幅に金利が低下した国ほど、ゾンビ企業の割合が大幅に増えていることがわかったのである。また、このリポートによれば、ゾンビ企業の割合が特に大きい業種は、石炭や金属などの天然資源産業、それに続いて製薬産業だという。

 ゾンビ企業の研究は、ことごとく激しい意見の対立を引き起こしていることに留意すべきだ。そもそもゾンビ企業をどのように定義すべきかに関しても、意見が大きく分かれている。

 ほとんどの専門家は、複数年にわたり連続で借入金の利払いを行うのに十分なEBIT(利息及び税金控除前利益)を生み出せてない会社をゾンビ企業と定義する。しかし、この定義では、まだ歴史が浅く、急成長を遂げている健全な企業もしばしば含まれてしまう。そこで、成長企業がゾンビ企業に分類されることを避けるために、会社の設立後の年数や、株式時価総額が一定以上であることも定義に加えるケースが多い。

 また、すべての研究で、ゾンビ企業の際立った増加が確認されているわけではない。2020年のゴールドマン・サックスのリポートによると、米国の株式上場企業の間でゾンビ企業が増加しているとは言えないという。このリポートでは、少なくとも米国の債券市場においてゾンビ企業の増加は「幻想に近い」とまで述べている。

 ゴールドマン・サックスの指摘は、ゾンビ企業がどのようにして生まれるかを知る有効な手掛かりになる。

 ここで大きな意味を持つのは、企業の借り入れの種類なのだ。日本の場合、ゾンビ企業は金融機関から直接資金の融資を受けていた。欧州の多くの国も同様だ。それに対し、米国企業はたいてい、債券市場を通じて借り入れを行っている。

 ゴールドマン・サックスが分析の対象にしたのも債券市場だった。債券市場は金融機関に比べて、ゾンビ企業を延命させる可能性がはるかに小さいのだ。

 まとめると、以下のことが言える。

・ゾンビ企業は、間違いなく存在している。ある論文によれば、OECD諸国で株式を上場させている企業の15%は、2017年の時点でゾンビ企業の定義を満たしているという。

・少なくとも一部の国では、2000年以降、ゾンビ企業の割合が増加している可能性が高い。その要因はおそらく、金利が下がり続けていることにある。

・ゾンビ企業の増加は、企業が社債の発行ではなく、主として金融機関からの融資という形で借り入れをおこなっている国で目立っている。

 ここにきて金利が上昇し、景気が冷え込み始めているため、ゾンビ企業に関するさまざまな仮説の妥当性が試されることになりそうだ。経済環境の変化により、専門家がゾンビ企業増加の原因としてきた条件の多くが失われようとしている。その結果、多くのゾンビ企業がついに息絶えるだろうと予測する専門家もいる。