以上のような不安の根底には、それを裏づける経験が実際にある場合も多い。特に女性や有色人種などマイノリティは、しばしばそのような経験をしている。しかし、重要なのは、この種の不安が正しいか否かではなく、不安が人々の自己認識に及ぼす影響を理解することである。

 リーダーとして行動することが自分の評判に及ぼすリスクに対して、強い不安を抱いていると述べた人ほど、自分のことをリーダーと認識しないことが多い。これが筆者らの研究で明らかになったことである。そのような人たちは、あまりリーダーとして振る舞おうとせず、上司からリーダーシップの持ち主として認められることも少ない。

 この点は、意外な結果に見えるかもしれない。人のアイデンティティは、その人の奥深い部分にしっかり刻み込まれたもののはずだ。なぜリスクに対する認識が、その人のアイデンティティにまで影響を及ぼすのか。実は、心理学の視点から言うと、これはまったく意外な現象ではない。

 リーダーシップを発揮には大きな困難を伴うことが多い。リスクに対する恐怖から、リーダーシップを発揮したとしても、自分が恐怖に駆られて行動を決めているとは誰も思いたくない。このように人は、リーダーとして行動することにリスクが伴うと思える時、無意識に自分のアイデンティティを再定義するのだ。リーダーにならないことを正当化しようとするのである。

 リーダーシップを振るわないことに関して、他人がどう思うかをおそれていると認めるよりも、そもそも自分はリーダータイプではないと自分に言い聞かせたほうが、よほど快適なのだ。

 不安が部下に及ぼす影響を抑えるために、マネジャーにできることはないのか。幸い、筆者たちの研究を通じて、マネジャーが活用できる心理学的な対策がいくつか見えてきた。

 たとえば、リスクに対する認識を変えようと試みてもよい。筆者たちが行った実験で、リーダーシップとはリスクを伴うものである、という趣旨のメッセージを盛り込んだポッドキャストを聞かせた実験参加者は、自分のことをリーダーと認識し、リーダーとして振る舞う確率が低かった。一方、リーダーシップを発揮することに伴うリスクは小さい、という趣旨のポッドキャストを聞かせた実験参加者は、みずからをリーダーと認識し、リーダーとして振る舞う確率が高かった。

 したがって、マネジャーは、リーダーシップがそれほどリスクを伴わないものだというメッセージを発するだけでも──たとえば、リーダーが失敗するのは珍しいことではなく、それにより経歴に汚点が残ることはないと明言するなど──部下がみずからをリーダーと認識しやすい状況をつくり出せる。

 不安を解消するための具体的な措置を取ることも有効だ。誰だって「威張っている」「ほかの人とは違う」「資質不足」というイメージを持たれやすい行動を取ることには腰が引ける。そこで、マネジャーは言葉と行動の両方を通じて、誰もが偉大なリーダーになりうること、そして、リーダーの役割を担うことが好意的に評価されることを示すべきだ。

 もちろん、リーダーとして行動することが自身の評判に及ぼすリスクについて、人々の不安を完全に取り除ける対策などない。それでも、MBAプログラムで学ぶ学生たちを対象にした研究により、不安の影響を軽減するためにマネジャーが実践できる有効な戦略が明らかになっている。

 筆者たちの実験によると、リーダーシップを天性の才能と見なしている学生は、みずからの評判に対するリスクが大きいと感じる状況で、自分のことをリーダーと認識する可能性が低くなる。一方、リーダーシップを一つのスキルとみなし、学習により習得できるものだと考えている学生の場合は、そのような傾向があまり見られなかった。

 リーダーシップを習得可能なスキルとみなしている人たちは、失敗しても挫けないのに対し、リーダーシップを固定的な能力とみなしている人たちは、リーダーとして失敗すれば自分の評判に取り返しのつかないダメージが及ぶとおそれていて、一度でも失敗すると「自分はリーダーに向いていない」と思い込む傾向があるのだろう。

 このような点を前提にすると、マネジャーは「リーダーの資質は天性のものだ」という考え方に異を唱えるべきだ。部下がリーダーシップのスキルを育む機会を提供し、そのプロセスを手引きし(全般的に見れば大きな成果が挙がっていなくても)進歩を明確に評価し、リーダーシップの成功談だけでなく失敗談も率直に話すとよい。

 著述家、教育者、活動家のパーカー・パーマーは、次のように述べている。「リーダーシップという概念に抵抗を感じる人は多い。みずからのことをリーダーと見なすのは、謙虚さに欠け、さらに言えば、思い上がっているように感じられるのだろう。しかし、人間がコミュニティの中で生きるものだとすれば、誰もがリーダーの役割を担うべきだ。この点を否定するのは、現実逃避と言っても過言でない。コミュニティという緊密なエコシステムの一員として生きる以上、誰もがフォロワーになり、誰もがリーダーになるべきなのだ」

 重要なのは、リーダーシップの発揮を奨励し、ジェンダーや人種や年齢やそのほかのアイデンティティに関係なく、あらゆる人がリーダーシップを発揮できる文化を築くことだ。そうすれば、自分がリーダーであると認識し、リーダーとして行動することに対して、人々が抱く抵抗感を抑えることができるだろう。


"Are You Afraid to Identify as a Leader?" HBR.org, September 05, 2022.