ハーバード大学教授で経済学者のエドワード・グレイザーは、今回の復刊にあたって序文を寄せ、自分がこの本とどう関わってきたか、これまでの長い道のりを振り返っている。

 グレイザーが初めて『国家興亡論』を読んだのは、大学院生だった1993年のことだった。その時は、あまり強い印象を受けなかったという。オルソンのロジックに説得力を感じたものの、同書では1970年代の「スタグフレーション」への関心が強く、レーガン政権後の好景気に沸いていた当時の米国経済とは関連性が薄いと思ったのだ。

 しかし、その後、グレイザーは都市経済学の研究を進めるうちに、この本の主張を思い出すようになった。グレイザーの研究によると、米国の中でも特に活気に満ち、生産性の高い地域(ニューヨーク、ボストン、サンフランシスコなど)は、新たな住宅の建設を拒み始めていた。その結果、これらの都市では家賃相場が高騰し、新たに人々が移住してくることが難しくなっていたのである。

 新たな住宅建設が反対される状況は、米国全体の経済成長の足を引っ張っていた。そして、そのような状況が生まれる理由について論じられていたのが、グレイザーが大学院時代に軽く片付けた本だったのだ。

『国家興亡論』は、米国が新しいものを築くことに苦労していると主張する。それは、膨大な数の利益団体が政治過程に影響力を及ぼし、意思決定のスピードを減速させ、社会の共通善を犠牲にし、彼らが自分たちの利益を守るために公共政策を利用しようとした結果である。

 オルソンは、利益団体が形成される過程に強い関心を抱いていた。人々が協力して共通の利益を追求することを妨げる最大の要因は、フリーライダーの存在だと彼は考えた。つまり、集団のメンバーは誰もが集団の存続を望むが、そのために自分の時間と金を費やすことはしたくない。団体の会費支払いを義務づけるなど、何らかの強制措置を設けない限り、誰も自発的に負担することはない。コストを負担する半面、恩恵は極めて小さいからだ。そして、このような障害は、小集団ほど克服しやすいと、オルソンは指摘した。

 たとえば、有力なトラクター製造会社が5社しか存在しなければ、業界のロビー団体を結成することで、それぞれの会社は利益全体の5分の1を獲得できる。これくらい大きな恩恵に浴せるのであれば、企業は他社と協力しようと考える。対して、消費者運動を組織化することは難しい。なぜならば、一人ひとりの消費者が運動に参加することにより期待できる恩恵は、彼らが費やす努力の大きさに比べると、極めて小さいものに留まるからだ。

 オルソンは、利益団体は既存の経済のパイを大きくするよりも、みずからの取り分を大きくしようというインセンティブを持ちやすいとも主張している。『国家興亡論』では、「パイを切り分けるというお馴染みのイメージでは、実際の状況を的確に表現できない。むしろ、レスラーが食器店で品物を奪い合っている様子を想像したほうが現実に近いだろう」と記している。

 規模が小さく、同質性が高い集団は、組織化されやすい。一方、規模が大きく、多様性が高い集団は、組織化されにくい。そして、組織化されている小集団はロビー活動を行い、経済のルールを自分たちにとって有利なものにしようとする。それによって割を食うのは、その集団以外のすべての人々だ(これらの点については『国家興亡論』より前のオルソンの著書『集合行為論』で詳しく論じられている)。