原則3:当たり前を見直す
企業には自然に習慣やルーチンが蓄積される。その多くは、かつてはビジネスの役に立っていたが、現在ではあまり意味を成していない。企業のオーナーや経営者が変わる時というのは、それまで当たり前だったことを疑い、企業活動を取り巻く常識を見直すことのできる稀少な機会だ。
筆者らは、多くの企業でこの問題を目にしてきた。たとえば、マイクロソフトの現在の改革を考えてみよう。サティア・ナデラがマイクロソフトのCEOに就任する前、同社の大部分は、数十年前と変わらずクローズドソース、ウィンドウズやオフィス製品のオンプレミスライセンスに注力していた。ナデラは生え抜きだったが、CEO就任を機に、社内の常識を見直し、自社をオープンソース、クラウドコンピューティングへと方向転換させた。将来に向けて、マイクロソフトの位置付けを大きく改善する戦略だ。常識を見直すことは、確立された企業において可能なだけでなく、将来を見据えた戦略的変革を実現するためにも必要なのである。
マスクは、自身のビジネスでこれを日常的に行っている。彼はかつて、設計の指針は「(与えられた)ばかげた条件を疑ってかかれ」であるべきだと述べている。常識を疑い、異端を試し、失敗が許容されることを伝えるマスクの哲学は、当たり前を疑うことが許されるばかりか、それが望ましいことを表している。一例として、マスクはロケットの爆発事故を指す「予期せぬ急速な解体」(RUD:Rapid Unscheduled Disassembly)という言葉を広めた。
ツイッターは、これまで変わることができなかった。消費者向け製品の責任者であるケイボン・ベイクプールは、「ツイッターが変わるという概念さえ、斬新に感じられる」と述べている。だが同社には、見直すべき常識が数多く存在する。たとえば、広告第一の収益モデル、280文字の文字数制限、リベラルな政治的コンテンツの優遇などだ。編集ボタンを追加するまでにどれだけ時間がかかったことか。組織の慣性によって、ツイッターはスナップやメタ、クラブハウスなどの競合を追う形となり、何かの機能をコピーすることに何年もかかることがよくある。
マスクは、(1)常識を見直し、(2)従業員が常識を見直すことを許容する企業文化をつくることの両方により、ファーストムーバー(先行者)イノベーションを起こし、過去を超える力をツイッターに与えることができる。
原則4:達成可能な高い目標を設定する
戦略の転換期に、妥当な目標を設定することは特に難しいものだ。筆者(ウー)がハーバード・ビジネス・スクール博士課程の学生、アティカス・ピーターソンと行った調査によると、マネジャーはテクノロジーを用いた複雑なプロジェクトにおいて、現実的なスケジュールを立てることに常に苦労している。そして、新しいテクノロジーのタイムラインを予測することは難しいが、組織変革のタイムラインを予測することはさらに難しい、というのが多くの人の見解だろう。しかし、スケジュールであれ何であれ、企業が非現実的な目標を設定すると、従業員を追い込み、バーンアウト(燃え尽き症候群)させてしまう危険がある。
大きな期待を抱かせるのは、たしかにマスクの強みだが、達成不可能な目標を設定することは、しばしば弱点となる。テスラが電気自動車の進歩を推し進めていることはたしかに称賛に値し、驚かされるが、それは大きな代償を伴っている。マスクは、テスラ製品に関して何度も達成不可能なスケジュールを宣言している。現に、2021年にサイバートラックを発売するという当初の計画はすでに見送られ、生産は2023年に延期されている。
ツイッターにおいてマスクは、社内外の期待に対して慎重に対処したほうがよいだろう。コンテンツ規制の問題を例に挙げれば、マスクの具体的なビジョンがどうであれ、改変には技術インフラへの膨大な固定費の投資と継続的な変動費、数万人規模のモデレーターが必要となる。この取り組みの複雑さは、まさに経営者が過小評価する類のものであり、マスクは特にそうだろう。
ツイッターのオープンソース化といった他の野望も、ユーザーから見えないバックエンドを完全に再構築する必要があり、会社全体に大きな影響を及ぼすだろう。それがよいことなのかどうかはわからないが、やり遂げるまでの時間とコストを現実的に予測せずに、極端なことに手を出すことが賢明でないことは確かだろう。