
ビジネスに関する予測がかつてないほど困難になり、考慮すべき将来のシナリオの数も膨大になっている。このような予測不能な時代において、経営者はどのように戦略を立案すればいいのか。本稿では、将来予測が不可能な状況を生み出す2つの要因を明らかにしたうえで、そのような状況にも対応できる戦略策定の新しいアプローチを紹介する。
あらゆるビジネスで
予測が不可能な時代に
昨今、多くの経営幹部たちは、かつてないほどビジネスが予測不能になっていると主張する。たしかに、彼らの主張は間違っていない。複雑なシステムの中で、予測を不可能にしている要素を詳しく調べると、ほとんどの産業でそのような要素がますます増えていることがわかる。
その結果、経営幹部が戦略的な選択を行う際に考慮すべき将来のシナリオは、昔とは比較にならないほど増えている。まず、予測を不可能にする要因のうち、2つを掘り下げてみよう。
1. 変化をもたらす要素の増加
今日、ほとんどの産業は、さまざまな方向から変化にさらされている。昔と異なり、変化を引き起こす要因は一つや二つではなくなった。
電力業界がその好例だ。電力価格が激しく変動すること自体は、いまに始まったことではない。電力価格は、石油や天然ガス、その他のエネルギー源の相場、そして政府当局による影響を避けられないからだ。電力会社の幹部たちは昔からずっと、このような電力価格の不安定性を考慮に入れたうえで、戦略的な選択を行ってきた。
しかし、今日の電力会社が向き合わなくてはならない問題は、これらだけに留まらない。具体的には、シェールガスなどの新しいエネルギー源の出現、脱炭素化を求める圧力の高まり、(米国においては)電力会社間の州境を越えた競争の行方、そしてバッテリー電気自動車の普及ペースをはじめ、電力需要に影響を及ぼすあらゆる問題がある。電力会社が投資計画を立てるうえでは、政府当局による規制措置に加え、このような変化のすべてを考慮しなければならない。
それぞれの変化に対する結果(最終的に予想される状態)とタイミング(最終的な状態に至るまでの時間)の予測には、たいてい大きなばらつきがある。
たとえば、バッテリー電気自動車の普及について見てみよう。テスラが最初の市販モデルである電気自動車「ロードスター」を売り出して15年以上が経ったが、米国市場においてバッテリー電気自動車がどのくらいのペースで普及するかという予測には、大きなばらつきがある。
2021年後半にゴールドマン・サックスが示した予測においては、2040年に米国で販売される全自動車に占めるバッテリー電気自動車の割合は、58%に達するとされていた。しかし、そのわずか半年後、ゴールドマン・サックスはその予測を83%に引き上げている。
同社の以前の予測を参考にしていたバッテリー電気自動車のOEMメーカーは、最近の予測を参考にしたOEMメーカーとまったく異なる投資判断を行っていただろう。しかもこれは、自動車業界に影響を及ぼす多くの要素の一つにすぎない。
変化を起こす要素が増えると、いかに予測が難しくなるかは、これを順列組み合わせの問題と考えればよく理解できる。もし、ある業界が8つの要素において変化にさらされており、それぞれに5つの予測があるとすれば、企業が戦略的な選択を行う際に考慮すべきパターンは40通りに上る。さらに、それぞれの変化に沿って最終的に落ち着くまでの期間に関し、5つの予測があるとすれば、考慮すべきパターンは200通りに膨れ上がる。
言うまでもなく、ほとんどの業界は、これよりもはるかに多くの方向で変化にさらされている。しかも、それぞれの変化によって行き着く最終的な状態とそこまでに要する期間に関する予測は、何通りにも上るのだ。