1. 自分の中に残存するアイデンティティを理解する

 飛躍が可能になる前に、自分の立ち位置を知る必要がある。つまり、自分が次の職業的役割に持ち込もうとしている残存アイデンティティに関して詳細を知ることだ。

 筆者が属する組織行動学の分野では、アイデンティティには価値(value)、意義(meanings)、行動(enactments)という3つの側面があると見なす。これらは、自身および他者のアイデンティティを理解するために役立つフレームワークを構成する。

価値

 価値とは、人が特定のアイデンティティからどれほど自尊心を得るかを指す。たとえば、ある役員秘書がファッション界のような華やかな業界から、保険業界に転職すると想像してみよう。この転職はみずからの意思であり、会社のステータスや給与が上がったにもかかわらず、自尊心が傷ついたと感じることがあるかもしれない。

 この仮定上の秘書にとって価値(自尊心)の源泉は、自分の属する業界だったのだ。

 人によっては、自分の勤める会社の名声に価値を見出すこともある。名刺のロゴを見て人々が目を丸くするのが誇らしい。あるいは、組織内で築いた交友関係を価値とする人もいる。また、自分がどこで働いているかは価値とはまったく関係なく、ほかの部分に価値を見出す人もいる。

 自分の仕事から自尊心を得ているか否か、得ていれば具体的にどの部分からなのかを知ることは、アイデンティティを自己診断するうえで不可欠な要素だ。

意義

 意義は、特定のアイデンティティを連想させ、暗示する。たとえば「医療従事者」に関連する意義には、「治療する人」「必要不可欠」「勇敢」などが含まれるかもしれない。

 過去の役割の影響から、みずからに残存する意義が、新たな職務における意義と相容れない場合、問題が生じる。これは特に、同じ業界内での転職や、キャリアの再構築においてよく見られる。

 自分が有する意義の中で、職場で最も重要なものを見極めるには、同僚に自分のことをどう説明してもらいたいかを考えるとよい。一般的なポジティブワードは避け、自分が「どのように」価値をもたらそうと努めているかを表す言葉を考えよう。まずは「頭がよい」「信頼できる」「誠実」などから始めてもよい。さらに具体的なフレーズ、たとえば「起業家精神に富む」「変革の推進者」「チアリーダー」などであればなお望ましい。

行動

 行動とは、アイデンティティが日々どのように実行されているかを表す。仕事における「何を」「どのように」「誰と」についてだ。

 自分にとって重要な行動を把握するには、仕事のルーチンを頭の中で振り返り、そのすべてを違う方法で行っている自分を想像するといった単純なものでよい。

 これには、想像力はいらないはずだ。私たちの誰もが最近、仕事生活が完全に混乱するという事態がどのようなものかを学んだからである。コロナ禍は物理的オフィスを閉鎖に追い込み、私たちの習慣、スケジュール、ルーチン、そしてしばしば人間関係を混乱させた。

 ロックダウンに伴う状況のうち、最も対処が困難だったものはどれかを振り返ることが、自分にとって譲れない行動を突きとめる一つの方法となる。