3.リタイアの常識が変わる
言うまでもなく、年齢は単なる数字だ。リタイアの基準、すなわち労働者がいつまで仕事を続けられるかという期待は、寿命と必ずしも一致しない。
たとえば、年齢だけを見ると日本は世界一の高齢国で、65歳以上が人口の31%にのぼる。一方、フランスは22%にすぎない。したがって、退職者が人口に占める割合は日本のほうがフランスより多いと思うかもしれない。しかし実際は、労働文化の違いや、政府と国民の社会契約、さまざまなルールや政策が合わさって、フランスの平均退職年齢は日本の71歳より10歳若い61歳だ。フランスの労働人口の約29%が実質的に退職しているのに対し、日本は24%に留まっている。
退職年齢に関する法改正は遅々として進まない。近年、オランダとアイルランドでは、平均寿命の伸びに合わせて退職後の年金支給年齢を引き上げるという計画が中止された。年金を否定するような法規制は、国民の支持を得られないため無理もないだろう。しかし、今後数十年の間に、退職を遅らせることを選んだ高齢の労働者を支援する何らかの仕組みをつくることは、雇用主、政府、市民にとって重要になる。
たとえば、退職年齢に達していない年長の労働者の多くが、セミリタイアに関心を示し始めている。仕事をしているベビーブーマーを対象にした最近の調査では、79%がフレキシブルな勤務体系に、66%がコンサルティング業務への移行に、59%が時短勤務に興味を示すなど、大多数の人が何らかの形でセミリタイアを考えたいと回答している。
しかし、自分の雇用主がこうしたセミリタイアの選択肢を提供していると答えたのは、5人に1人にすぎない。これは、雇用主が従来とは異なるキャリアパスを提供することによって、人材獲得競争で差別化を図る大きなチャンスを生み出せることを示唆している。
そしてリーダーは、ある労働市場を理解しようとする時に、人々の年齢だけでなく、雇用の選択肢の柔軟性や、国によって異なる事実上の定年退職年齢に影響を与えるかもしれない、さまざまな規則や文化的規範も考慮しなければならない。
4. グローバル市場の変化
最後に、さまざまな国の人口動態に関する一般的な前提は、時代遅れになっている可能性がある。
今世紀初頭、日本やイタリア、ドイツなどは世界でも特に高齢化が進んでいた。しかし現在では、タイやキューバも同じように高齢化が進み、イラン、クウェート、ベトナム、チリも後に続いている。10年後、これらの国々で労働者や顧客として市場に参入する若い世代はいまより少なくなり、それぞれの国の平均年齢が上昇することが予想される。
これらのことは、投資先となる新たな市場を見極める際に極めて重要な視点になる。変化への対応は国によって異なるため、ビジネスリーダーは対象となる市場の人口動態のトレンドだけでなく、その国のリーダーがどう対応するかにも注目する必要があるだろう。介護を受ける高齢者が増えるのに対し、政府は財政的責任を負うつもりがあるのか。企業や個人が負担することになるのか。高齢化社会に対する国の取り組みは、人材プールや顧客基盤としての高齢者層の可能性を大きく左右するだろう。
明らかな未来
ビジネスリーダーや政策立案者は、数え切れないほどの不確実性に直面している。しかし、人口動態に関しては、未来がはっきり見えている。
世界全体で高齢化が進んでいるという現実は明らかだ。出生率が人口置換水準(女性1人につき平均2人の子ども)を一度下回ると、再び上回ることは難しい。エチオピアやナイジェリアのように、人口がまだ若く、増加している地域からの大規模な移住でも起きない限り、地球上の大半の国では将来的に人口が減少する可能性が高い。
このように人口動態を明確に認識することによって、変化の予想が難しいほかの多くの分野で、未来を予測することが可能になる。高齢化をめぐる不安は尽きず、決定論や悲観論が広まっている。しかし、このトレンドが企業や政府に与える影響は、私たちがいま、どのように準備するかによって変わるだろう。
人口の高齢化に対応するためには、ビジネスリーダーも政策立案者も、こうした現実を認識したうえで、どの要因が確定的で、どの要因は変えることができるかを理解して、未来を形づくるために積極的に投資する必要がある。
"The Global Population Is Aging. Is Your Business Prepared?" HBR.org, November 18, 2022.