従業員のアップスキリングを成功に導くシミュレーションの活用方法
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サマリー:社員のスキル開発は企業にとって重要な課題となっているが、十分な成果を上げられていない場合が多い。本稿ではこの課題を解決するため、スキル開発にシミュレーションを導入することで得られる効果を解説する。特に... もっと見るマネジャーの能力開発において、意思決定とコラボレーションのスキルと、変革のマネジメントを行うスキルの改善につながるという。 閉じる

なぜスキル開発の取り組みは成果を上げられないのか

 社員のスキル開発は、いま多くの企業にとって重要な課題になっている。コンサルティング大手コーン・フェリーの推計によると、2030年までに8500万人の人材不足が生じる見通しだ。マッキンゼー・アンド・カンパニーによれば、いま求められているスキルの転換は、20世紀前半に社会が農業中心から工業中心へ移行した時に求められたものに匹敵するという。

 こうした状況の下、リンクトインのリポートでも指摘されているように、多くの企業が社員のトレーニングを最優先課題と位置付けていることは不思議でない。企業の社員教育・能力開発(L&D)関連ビジネスの市場規模は世界全体で3500億ドルに達しており、その規模はさらに拡大し続けている。

 ところが、このような大規模な投資が行われているにもかかわらず、ある研究によると、企業のシニアマネジャーの75%は、自社のL&Dの取り組みに満足していないという。また、ガートナーのリポートによると、働き手の70%は、自分が業務を行うのに必要なスキルを持っていないと感じている。

 社員研修への投資が期待どおりの成果を生んでいない構造的な要因は、以下の3つだ。第1は、決められた教室などの空間で、講義形式の座学による研修を偏重していること。ほとんどの職で必要とされているのは、現場でどのように行動すべきかを学ぶことだ。第2は、同僚同士で学び合い、お手本を示し合うことの重要性が理解されていないこと。特に優秀な同僚が重要な課題をどのように解決しているかを観察することは、有効な学習となる。第3は、適切なパフォーマンスマネジメントの仕組みを通じて、継続的なフィードバックがなされていないことである。

 本稿では、なぜスキル開発の取り組みが十分な成果を上げられないのか、どのようにして効率的な双方向型の研修を行えばよいのか、そして、どのようにテクノロジーを活用すればL&Dの効果を高められるのかを論じたい。

研修にシミュレーションを取り入れる

 スキル研修の効果と効率は、有効性が実証されている学習テクノロジーや新しいテクノロジーに基づいたアプローチを用いることにより改善できる。そうしたアプローチのひとつに、シミュレーションを用いたトレーニングがある。実際に仕事で経験する状況に即したシナリオの中に身を置いて、スキル習得のための練習を行うのだ。モチベーションと集中力を高めて学習を促進する目的で、ゲームの要素を取り込んでいる場合も多い。

 テクノロジーを活用したシミュレーションによる研修は、一部の業種で以前から行われていた。たとえば、医療の分野では、腹腔鏡手術に関する研究では、シミュレーションを含む研修を受けた外科医は、手術のスピードが29%速く、手術が途中で滞る確率が9分の1、患者を負傷させる確率も5分の1に留まるという。ボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院の外科リーダーシッププログラムでは、「STRATUS医療シミュレーションセンター」で、シミュレーションを用いていくつもの手術方法の訓練を行なっている。

 飛行機のパイロットも、研修でフライト・シミュレーターを用いる。パイロットの訓練では、練習を繰り返すことによるスキルの定着、状況の変化に合わせたスキルのアップグレード、モチベーションの持続(よい研修は、副産物として参加者のモチベーションを高めることが期待できる)が不可欠だからだ。

 シミュレーションの意義は軍隊も理解している。米国空軍に、「8P」という言葉がある。「適切な事前の計画と準備により、救いようがなくお粗末なパフォーマンスは回避できる」(Proper Prior Planning and Preparation Prevents Piss-Poor Performance)というのである。

 シミュレーションを用いた研修は、マネジャーの能力開発において2つの重要なスキルを改善する効果がある。一つは、意思決定とコラボレーションのスキル。もう一つは、変革のマネジメントを行うスキルである。