1. 意思決定とコラボレーションのスキル

 あるデジタル分野の専門サービス企業は、3つの点で自社のマネージングディレクター(MD)たちの意思決定の質を高めたいと考えた。その3つの領域とは、どのような時にほかのMDたちとコラボレーションを行うか、プロジェクトの料金をどのように設定するか、どのようにプロジェクトチームのメンバーを構成するかだ。

 ほとんどの企業では、この種のスキルは、実際の経験(と、恵まれているケースではメンターの指導)によってしか習得できないと考えられている。しかし、たいていオン・ザ・ジョブの学習とは名ばかりで、計画的な練習は行われず、実態は行き当たりばったりの活動に終始している。経験を通じた学習のことをしばしば「実世界の苦難という学校」(school of hard knocks)という言葉で表現することに、その無計画性がよく表れている。

 この企業は、研修プログラムを設けていたが、新しくゲームに基づくソリューション「フィナンシャル・フィットネス・シミュレーター」を導入して、300人以上のMDたちがさまざまなシナリオのシミュレーションを体験できるようにした。たとえば、顧客の状況を理解するための会話をしたり、社内のほかの部門の支援を求めたり、既存のプロジェクトのマネジメントと並行して新規プロジェクトの候補を増やしたりといった状況を想定したシミュレーションが用意されている。

 この取り組みを開始すると、同社のMDの88%は、自分の役割をより深く理解できるようになり、意思決定のスキルが向上したと述べている。ほかの部門とコラボレーションを行う能力が高まったという人も90%いる。ほかの大半の研修のアプローチに比べて、かなり魅力的な成果と言えるだろう。

 シミュレーションのシナリオは、人々が仕事の場で遭遇する状況を想定したナラティブに基づいている。この点は、学習を長続きさせるうえでカギを握る要素だ。ある研究のサマリーには、こう記してある。「ナラティブにより、意味が与えられるだけでなく、将来の経験と情報に意味付けするための脳内のフレームワークも与えられる。いわば新しい記憶をつくることにより、世界の状況と自分自身を適切に関連付けることが可能になるのだ」

 こうした脳内のプロセスは、学習理論の研究者たちが「能動的検索」と呼ぶものだ。人々が多様な状況に対応しなくてはならない場合には、学習の一環として、そのつど遭遇する状況に適したモデルやシナリオを見つける能力を育む必要がある。この能力は、繰り返しを通じて次第に強化されていく。プロセスを積み重ねることで神経の回路が変わるという研究結果も一部で報告されている。

 前出の企業のシミュレーションでMDたちは、1年間の業務サイクルのさまざまな段階、そして、さまざまな顧客に向けたプロジェクトが想定されたシナリオを、次々と経験する。この研修プログラムでは、プロジェクトの実行、新規プロジェクト候補の拡大、社内のリソースの調整、さまざまなトレードオフ(たとえば、少数のリピート客にリソースを集中的に注ぎ込むか、さらに規模が大きいけれどリスクも大きな取引にリソースを注ぐか)を考慮しながら、意思決定をどのように行うべきかを学ぶ。

 プログラムの参加者は、シミュレーションの設定の中に身を置いて、ほかのMDたち(新人もいれば、経験豊富な人もいる)と対話したり、オンラインでやり取りしたりする。それを通じて、意思決定にまつわるトレードオフや、起きる可能性の高い結果について、集合知にアクセスできる。

 こうしたテクノロジーを用いたシミュレーションによる研修は、それまで試みてきた座学での研修方法を凌駕するものだった。MDたちがシミュレーションによる研修に取り組む回数は、平均すると6回に上っている。これは、決められた時間に教室に足を運ぶ必要がある座学の研修とは異なり、自分の都合のよい時間に、いつでもオンデマンドの学習ツールにアクセスできるためだ。また、研修を受けるたびにフィードバックを受けられることも、積極的な参加を後押しする要因になっている(従来型の研修ではたいていセミナーの最後まで待たないとフィードバックを受けられない)。

 いくつものシナリオをシミュレーションで経験することにより、参加者は状況に対する理解を深め、自分の改善すべき点を知ることができる。そして、参加者が次回以降のセッションで具体的な質問をすることにより、学習がより生産的なものになる。

 さまざまな分野の研究によれば、人は安全な状況で、具体的なスキルを意識して練習することにより、高いパフォーマンスを発揮できるようになるという。しかし、いわゆる「ロールプレイング」はさまざまな研修で取り入れられてはいるものの、たいていはマネジャーとの1回きりのセッションで終わる。しかも応用が難しく、上司から評価を下されることへの不安によって学習が妨げられることが多い。その点、この会社で行われている前述した「フィナンシャル・フィットネス・シミュレーター」は、最初に失敗してもキャリアの面でリスクを負うことのない環境で練習を行える。

 またこの会社では、シミュレーションにゲームの要素も取り入れている。シミュレーションでどのような意思決定を行ったかにより、参加者のポイントが加点されたり減点されたりする。そして、参加者の意思決定に対する評価は、視覚と聴覚を通じて示される(たとえば、正解の場合は、緑色の表示と心地よい音声、不正解の場合は、赤色の表示と不快な音声といった具合だ)。

 加えて最高得点者の氏名は、(本人が匿名を希望しない限り)公表される。これにより、学習者たちが世界中の同僚に自慢したり、バーチャルとリアルの両面で人的ネットワークを育む後押しをしたりするのだ。

 ゲーム的な要素は、参加者のエンゲージメントとモチベーションを高めるうえで有効であることがわかっている。あるMDの言葉は、多くの参加者の思いを代弁するものといえるだろう。「双方向的な要素が気に入っています。やり直して、また挑戦できるのがよいのです。そうすることにより、なぜその解答が正解なのかを学べます」