スタートアップはなぜ「徹底的な透明性」を重んじるべきか
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サマリー:スタートアップの創業者は、いずれかの段階で二者択一を迫られてきた。すなわち「富かコントロール権か」である。ところが、低金利で資金調達ができ、スタートアップへの投資競争が激化したことで、「両方を手に入れ... もっと見るる」という選択肢が出現した。そのようなチャンスに飛びついた結果、資本主義の基本原理であるエージェンシー理論を捨て去ってしまい、みずからを傷つけていると筆者は指摘する。本稿では、創業者が「他人の資産を預かり、管理する者」としての説明責任と透明性を果たすことのプラス面に着目し、価値と持続性のある企業を構築するために何が必要かを論じる。 閉じる

連携を強め、チャンスを増やし、価値を高める

 スタートアップの世界では現在、業界史上最大ともいえる2つのスキャンダルの結末をめぐり、多くの人が悲痛な面持ちで、自己反省にふけっている。

 医療ベンチャー、セラノス創業者のエリザベス・ホームズは、詐欺罪で禁錮11年の判決を受けた。暗号資産(仮想通貨)交換業大手FTXトレーディングの創業者サム・バンクマンフリードは、ずさんな経営管理と不正経理会計によって、評価額320億ドルの企業価値を消滅させてしまった。

 たしかに、投資家はより入念にデューデリジェンスを行うべきであり、スタートアップの従業員は不正行為を見た時に通報を怠るべきではない。「成功するまで、成功しているふりをしろ」「素早く行動して、破壊しろ」と何事も大目に見る文化に甘んじて、越えてはならない一線を越えてしまう創業者こそ、説明責任を負うべきだ。

 しかし、論じるべきポイントはまだある。創業者は実際、透明性と説明責任をより重んじるべき立場にあるという点だ。それが自身の利益にもなる。創業者がこの現実に早く気付くほど、状況は好転する。

富かコントロール権か、創業者のジレンマ

 不幸なことに創業者は、好況だったここ数年の間、資金調達とインベスターリレーションズ(IR)についてかなりまずい助言を受けていた。具体的には、以下のようなものだ。

・「パーティラウンド」(一度に多数のエンジェル投資家やベンチャーキャピタルから資金調達する方法)を行うべし。単独のリード投資家がいないため、誰も創業者に説明責任を問いただすことがないからだ。
・取締役会を厳格にコントロールすべし。実際には、投資家を取締役会のメンバーに入れないのが理想である。
・投資家の情報受領権を縮小し、投資家のコントロール権と保護条項を弱体化させ「創業者フレンドリー」な条件を主張すべし。
・投資家との情報共有は避けるべし。競合相手やマスコミに情報をリークするおそれがあるからだ。さらに、投資家は将来の投資ラウンドで、創業者に不利な形で情報を利用するかもしれない。

 どの助言に従っても、創業者は自身のコントロール権を最大化できるだろう。だが、長期的な潜在価値と最終的な成功を犠牲にすることになる。

 何年も前のことになるが、ハーバード・ビジネス・スクールの元教授で、現在はイェシーバー大学サイ・シムズスクール・オブ・ビジネスの要職に就いているノーム・ワッサーマンは、「金持ちvs.王/女王のトレードオフ」というモデルを用いて、創業者のジレンマを説明した。創業者は、大きな利益を得るがコントロール権を手放す(金持ちになる)か、あるいはコントロール権を維持するが利益は小さくなる(王/女王のままでいる)かという、根本的な二者択一を迫られる。

 ワッサーマンは、次のように述べている。「創業者の選択はごく単純だ。金持ちになりたいか、それとも王になりたいか。両方になれた人はほとんどいない」

 ところが、低金利で資金調達ができ、スタートアップへの投資競争が激しい時、創業者は突如として「両方になる」という選択肢を手にする。多くはこのチャンスに飛びつき、やがて資本主義の基本原理であるエージェンシー理論を捨て去り、結局、みずからを傷つけるのである。