株主のエージェントとしての起業家
企業の経営者は、株主のエージェントである。マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングは、1976年の有名な学術論文「Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs, and Ownership Structure」(企業の理論:経営陣の行動、エージェンシー・コスト、および所有形態)で、企業とは会社の所有者(株主)と経営者との間の、意思決定とキャッシュフローの配分に関する契約関係を規定する法的擬制(本質の異なるものを同一のものとみなし、同 一の効果を与える)であると述べている。
この原理は、純粋な定義による株主資本主義(1970年の『ニューヨーク・タイムズ』誌に掲載された、ミルトン・フリードマンによる著名な論考を参照)、そしてステークホルダー資本主義として知られる、より進歩的な見解(ブラックロックのCEO、ラリー・フィンクの2022年の年次書簡を参照)の敵対的関係ゆえに、最近では相手を攻撃する武器とされ、政治化されている。
しかし、この議論でどの立場に立とうと、キャッシュフローの一つの請求権と引き換えに1ドルの資金を調達したならば、創業者は自分以外の誰かに説明責任を持つという事実は変わらない。
投資家に対してのみ説明の義務があると考えたとしても、複数のステークホルダーに対して義務があると考えたとしても、創業者は資金を調達したその瞬間から、株主のために行動するエージェントになる。つまり、創業者はもはや自己の利益のみに基づいて決定を下すことはできない。投資家のためにも働かなくてはならず、受託者責任に従って行動する必要があるのだ。
説明責任と透明性のプラス面
説明責任と透明性は、外部資金を受け入れた瞬間に課せられるものであり、一部の創業者はそのマイナス面しか見ていない。公平を期すために言えば、たしかに投資家の悪質な行動や無能な取締役会によって企業が破綻に追い込まれたという、ひどい話も少なくない。
だが幸いなことに、筆者の経験では、スタートアップの世界で不正行為が起きるのは極めて稀であり、投資家と創業者の関係について肯定的な事例が無数にある中では、圧倒的に少数だ。多くの創業者は、説明責任がもたらす数多くのプラス面に気付き始めている。
説明責任は、スタートアップの成熟過程において重要な要素となる。説明責任がなければ、従業員や顧客、パートナーはいったいどのようにして、スタートアップが約束を果たすと信じることができるだろうか。
優秀な従業員は、信頼できるスタートアップやリーダーの下で働きたいと望んでいる。そして、透明性のあるコミュニケーションや全社会議は、信頼の構築と維持に欠かせない。顧客は、信頼できる企業、理想としては商品のロードマップを発表し、それを固守する企業から商品を買いたいと思っている。パートナーは、宣言したことを必ず実行するスタートアップと手を組みたいのだ。
説明責任と透明性が将来の投資家に及ぼす影響は、明白である。投資家は、内部の運営やバリュードライバーのよい面も悪い面も見通すことができる、理解可能な企業に投資したいと思っている。
中国企業がナスダック(NASDAQ)やニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場するにあたり、米規制当局は中国企業が米国の上場企業に比べて情報開示が進んでいないという事実を、目に見える形で示した。当然ながら、中国企業のバリュエーションは下がった。
同様に、説得力のある理由のためには適切な会計実務も必要となる。適切な会計実務は、信頼性とコントロールを担保するからだ。国家にしろ企業にしろ、透明性が高いほど信頼性が高まり、その結果として評価が高まることは、研究によって繰り返し示されている。
たとえば、IMF(国際通貨基金)は2005年の調査報告書で、財務の透明性が高い国ほど市場での信頼性が高く、財政規律がより適切で、腐敗が少なかったと指摘している。