ステークホルダーエンゲージメント

 新戦略への移行に伴い、従来のステークホルダーの中には、新たな方向性にそぐわない人が出てくる。しかも、その時点では、新路線との整合性の高いステークホルダーとの入れ替わりはまだ進んでいない。つまり、応援してくれる人がほぼいない状態で、多くの人を怒らせることになるわけだ。

 マスクが打ち出したコンテンツモデレーションに関するポリシーには、凍結アカウントの復活やその他のアカウントへの恩赦などが含まれているが、これは従来の方針とは相容れない内容であり、ステークホルダーとの関係について重要な変更を加えるものだ。その影響はすぐに表れた。自社ブランドを守るために、多くの広告主がツイッターへの出稿を停止したのだ。

 2つ目の例としては、アップルとの関係が挙げられる。広告主ではなくユーザーから得る収益を拡大しようとするマスクの決断によって、アップストア経由で購入されたサブスクリプションサービスに30%の手数料を課すアップルとの間に、軋轢が生じたのだ (ツイッターが広告主に依存し、ユーザーがサービスを無料で利用できた時には、この点は問題にならなかった)。両社の対立は、アップストア利用者の負担額を引き上げるという形で解消されるようだが、マスクが多くの敵をつくる一方で、明確な味方を増やせていないという事実に変わりはない。

 経営陣には、新戦略に賛同してくれる新たなステークホルダーを取り込みつつ、新戦略と相容れない価値観を有するステークホルダーと決別する勇気が求められる。

 ジョブズは早い段階から、そして味方の存在が重要となる場面で、味方(とともに敵)をつくっていった。彼は、マイクロソフトがデスクトップ戦争を制したという事実を冷静に受け止めたうえで、長年の対立に終止符を打ち、できるだけマイクロソフトのじゃまをしないように、手を打ち始めた。

 まずは、コンピュータ小売り大手のコンプUSAと契約を結び、店舗内にアップルの販売スペースを設置させてもらった。狙いは、アップルの新戦略であるグレーの箱からカラフルなiMacへの移行を後押しすることだった。iMacの魅力は、実際に体験しなければ伝わらないのだ。

 さらにジョブズは、Macの類似製品を作るという約束を反故にして、パートナー企業と対立した。注目すべきは、この決断も低価格路線からの脱却というアップルの新戦略に沿ったものであるという点だ。

 ツイッターがあらゆるステークホルダーと良好な関係を築くことを期待するのは現実的ではないが、マスクはツイッターの長期ビジョンに合致した相手に集中し、そうでない相手については決然と、ただし丁重に切り捨てるべきだ。

 アップルは、ソフトウェアメーカーと何億人ものユーザーをつなぐ門番としての役割をめぐり、反トラスト法に関わる徹底的な調査を受けている。アップストアの例で、マスクがアップルと対決する道を選んだ場合には、同じくアップルと戦いたいステークホルダー(競合他社を含む)の中に味方を見つけられるかもしれない。たとえば、エピックゲームズ、スポティファイ、ネットフリックス、エアビーアンドビー、フェイスブック、ニュース配信企業などだ(そして、ほとんどの主要国政府も、このリストに含まれている)。 

 一方、広告主については、ツイッターを言論の自由を重視し、規制の緩い混沌とした広場にしたいというマスクのビジョンに適した、つまりは利益をもたらすパートナーではないのかもしれない。マスクにとっての課題は、戦いを回避すべき相手を慎重に見極めることだろう。

* * *

 史上まれに見る戦略的変革を成功させるために、スティーブ・ジョブズは短期的には大きな痛みを伴う決断を下さなければならなかった。ただし、それらの決断は、明確な戦略的方向性にコミットするアップルの覚悟を示すものだった。この方向性は、製品や従業員を導く指針となっただけでなく、ステークホルダーへの意思表示でもあった。

 筆者らは、マスクにも同様のことを提案したい。現在、ツイッターには多くの戦略的方向性が存在するが、重要なのは、現在のあらゆる選択が、長期的に見て、互いに整合性の取れているものであるべきだという点だ。

 前述したように、ほとんどの経営者は戦略的変革を進めようとして失敗する。そのため、筆者らはよく経営幹部や学生に対して、このような状況は回避すべきだというアドバイスさえしている。マスクのツイッター買収をめぐる最大の過ちは、買収前のデューディリジェンスでこの課題について十分に検討しなかったことだ(そして、そもそも買収すべきではなかった)。

 とはいえ、現時点の波乱を見て、早急に評価を下すべきではない。今日の混乱は、明日の変革にとって必要なプロセスであり、変革を成功させることは可能だ。つまり、波瀾万丈な時期があるのは当然であり、必要なことでもある。

 唯一の問題は、マスクが変革に成功する前に、会社が破綻してしまうかどうかだ。ほとんどの経営陣はここで失敗するが、マスクはこれまでもたびたび、さまざまな偉業を成し遂げ、人々の期待を超える結果を出してきた。ただし、組織の路線変更はロケットの着陸とはまったくの別物であり、ロケットの着陸以上に難しいともいわれているが。


"What Elon Musk Can Learn from Steve Job's Return to Apple," HBR.org, December 13, 2022.