海外へと目を向けた転機

入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)などがある。

入山:あらためて Strategic Management Journal (SMJ)への論文掲載おめでとうございます! 松本先生の業績の中で2022年、SMJに論文"Dynamic resource redeployment in global semiconductor firms”が掲載されたのは、とても大きなことだと思います。海外のトップ学術誌に論文が掲載された日本の経営学者の多くは、海外で博士号を取っていたり、拠点を海外に置いたりして、海外で人脈を築かれている方が多いのが実状です。

 驚きだったのが、松本先生は博士号を慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で取られて、その後も基本的にずっと国内で研究をされていますよね。これが相当すごいことだな……と驚いているんです。

松本:ずっと国内で研究をしていたので、海外の学術誌に論文を投稿するために相当無理をしています。私が大学院生になろうかという頃は、いまのように英語で論文を書くことがなかなかイメージしづらい時代でした。むしろ、国内の学術誌に論文を投稿して、査読(投稿された論文を審査員<多くは当該分野のトップクラスの研究者>が読み、その内容を評価したり、フィードバックしたりすること)を通過して掲載され、業績を出していくことが、日本国内でようやく当たり前になった頃です。

入山:国内の査読付き学術誌というと『組織科学』が主な投稿先でしょうか。

松本:そうです。私の身の回りでは皆、血眼になって『組織科学』に論文を載せようとしていたのが当時の状況ですね。

入山:松本先生が修士・博士課程に在籍されていたころなので……。

松本: 2003年~2008年頃ですね。ですので、周りも海外の学術誌への投稿を目指すというよりも、国内に目を向ける人が多かったです。むしろ、「海外のデータ分析かぶれはけしからん」という風潮もありました(笑)

入山:そうなんですね(笑)

松本:私も研究者になった当時は、まずは何とか『組織科学』に論文を載せることを目標にしていました。2012年に「イノベーションの資源動員と技術進化: カネカの太陽電池事業の事例」という論文で組織科学の高宮賞という学会賞を頂いたんです。これが、自分の中で一応のひと区切りといいますか、賞をもらったので今後どうしようかなと。

 ちょうどその頃から急に海外学術誌がどうのこうのと言われ始めて。

入山:私の1冊目の本『世界の経営学者はいま何を考えているのか』が刊行されたのが、2012年なんです。自分で言うのも何ですが、一部の方からは海外の経営学の話を日本に持ち込む「黒船」みたいな目で見られていたようなので、たぶんその前後ぐらいですよね。

松本:ええ。まさに入山先生の本で顔面を引っ叩かれて、これはいかんと(笑)世の中の流れ的にもそうだし、あまり内にこもっているのも生産的じゃないので、どうにかしないといけないなと思い始めたのが、まさに2012年ぐらいです。

入山:私は博士をアメリカで取り、ニューヨーク州立大学で教鞭をとっていました。向こうの教育を受けているので、日本の学術誌へ投稿するのではなく、もともと海外学術誌に投稿するというマインドしかないんですよね。

 けれど、松本先生は組織学会で高宮賞まで取って、研究手法も当時はどちらかというと大量のデータを用いた定量研究ではなく、定性研究が中心でしたよね。それが、「英語でデータ分析をして、SMJに論文を出そう」と方向転換されるのは、苦労も伴ったと思います。その過程も教えてください!