海外で成果を出すための戦略的準備
入山:セ・ジン・チャン先生はPh.D.の学生も含めて、若手と研究をコラボレーションするのがすごくうまい人だというイメージがあります。松本先生がSMJに出された共著論文も、松本先生のほうにアイデアやデータセットがあって、セ・ジン・チャン先生と話した際に「じゃあ、やろうか」となった……そのような感じでしょうか。
松本:それに近いです。私も当時は市場への参入や撤退をテーマに、半導体産業のデータで何かできないかなと考えていました。ちょうど彼の論文は読んだことがあり、さらに彼のアイデアを拡大するようなアイデアを多少持っていけそうだなと思ったんです。
彼に話をする前に、日本でデータセットを買って準備して、シンガポールに行きました。そこで「いや、実はこんなデータを使ったら、先生が1996年に発表したSMJのこの論文を……」とアイデアをぶつけたんです。
すると「それ、できると思うよ」と、彼が前向きに乗ってきてくれました。また、入山先生のおっしゃるように、彼は若手とのコラボが非常にうまいんですよね。手取り足取り、教えてくれます。
まずは1本目の論文を書こうかとなり、滞在2年目からデータの準備を始めたんですよね。
入山:セ・ジン・チャン先生と研究するために、戦略的に準備したんですね。
松本:日本人で海外に行って、うまく業績も上げた人は、何かしらオリジナルのデータセットを持っているというイメージがあったんです。だから、自分もそれを持っていかないと、コラボレーションしてくれないんじゃないかなと考えたんです。
入山:よくそこまで……!滞在2年目にプロジェクトが始まったということは、シンガポールでの滞在を終えた後、日本に帰国してからもメールなどでやり取りをして、研究を続けたということですか。
松本:そうです。2年目の1年間で、まずは何とかAOM(米国経営学会)の学会報告のために論文を書きました。修正に手間取ったりもしたのですが、それがシンガポールの2年目の終わり、2018年でした。
入山:そしてその後、2019年の7月にトップジャーナルであるSMJに投稿して、2022年に掲載されていますね。SMJに投稿して、いきなり2年で載るなんて、私から見ると相当驚異的なんですけど。
松本:それはやっぱり共著者の力が(笑)
入山:セ・ジン・チャン先生が、これまで数々のトップ学術誌に論文を投稿されているのはもちろんですが……。それがあっても、すごいですよね。経営学者の「シンデレラストーリー」的なところがありますよ。
これは経営学者の人以外に伝わるか、ちょっと分からないんですけど……本当にすごいんですよ!SMJは経営学の学術誌の中でも、トップ中のトップですから。相当な努力があったかと思うんですが、普通はこんなに順調にいかないです。論文掲載の数年前まで、国内で、定性研究が中心で論文を書かれていたんですもんね。
松本:そうですね、英語もしゃべれなかったんで。
入山:戦略分野で研究をしている世界中の若手経営学者は、みんなSMJに論文を載せたい。けれど、ほとんどの人が載せられないままで一生を終えるんです、という話をよくするんですよね。
周りの反響もすごかったんじゃないですか。突如「SMJに論文を載せたよ」となると。
松本:昔からの知り合いには「やったね」っていうメールをくれた人もいました。ちょうど新型コロナウイルス感染症の影響で、あらゆるものがオンラインになっているので、それこそ学会に行って誰に会うこともなく……ひっそりとしたものでした(笑)