小さな決断の積み重ねが、現在につながる
入山:松本先生は、なぜ経営学者を目指されたのでしょうか。
松本:私はあまり深刻に就職活動をしない怠惰な学生だったので、取りあえず2年間、猶予がほしいと思って修士に進んだんです。
修士では慶應義塾大学の榊原清則先生の下で学んだのですが、個性的な先生で。私が大学院生として榊原先生の下で学んでいるからといって、榊原先生が慶應にずっといるとは限らないという趣旨のことを言われたんです。要するに「まあ、メリットがないと思えば、私は慶應を辞めるからな」みたいなことを言われて。
で、これはいかんと。何とか先生の研究のお役に立たなくちゃということで一生懸命取り組みました(笑)それがわりと自分の性に合っているのかなと思い、そのまま居残った感じですね。
入山:そんな感じなんですか!
松本:ええ。あまり大きな決断をしたわけではなく、自然な流れでそうなりました。
入山:実は、これまでこの連載に登場いただいた先生方は、「内に秘めるものがあって学者になりました」といったタイプの方がけっこう多かったんです。松本先生みたいに、流れに任せてという方は初めてですね(笑)
松本:すごく大きな野心を秘めて学者になったわけではないんですよね。だから、いま現在ここに至っているのが自分でも不思議です。少しずつやっていったら、少しずつうまくいくことがあって、そのつど目標を上に修正していき、いまに至っています。それこそ戦略論とは程遠い(笑)経営戦略を語ってはいけない感じがしますね。
研究の動機は何であるべきか
入山:ここまでお話を伺ってきて、松本先生と私の感覚はすごく近い気がしています。松本先生はご自身の研究や知見が、産業界に貢献するといいなという気持ちよりも、基本はピュアに研究者として面白いから研究しているという印象を受けているんですが……合っていますか。
松本:実は、シンガポールで受けたカルチャーショックの1つが、そこなんです。みんな自分の自由な発想で研究をしていて、あまり世のため人のためとか、産業界のためにという意識がなくて驚きました。
もちろん、研究の動機は人それぞれで、「産業界でこういう問題があって、それに対して私はこういうふうに考える」といった観点から研究をスタートするのも経営学の1つのあり方なのでよいと思います。
ただ、研究者が「研究でこんな面白いことがある」と発信して、それがたまに実務家の方に刺さる……そのほうが驚きや貢献は大きいようにも感じています。
いまは、研究者として面白いと思ったことに取り組み、その中の一部が、偶然実務家の方の目に留まったり、役立ったりすればよいと思っています。昔はもっと、日本の産業界のためにという研究姿勢でしたけれど。
入山:私はあまり温度感が分からないのですが、いわゆる伝統的な日本の経営学は、実務への貢献意識を持っている人が多いのでしょうか。
松本:そうだと思います。これの難しいところは、本当に実務に貢献できていればよいんです。けれども、そういう意識を強く持っていると、実務家の方の想像の範囲を超えない結果しか出てこないということにもなりがちです。
入山:とてもよく分かります。研究者の知的好奇心に基づく研究は、想像の範囲をよい意味でも悪い意味でも超えやすいですよね。
私の知り合いは、学術誌に発表した論文を企業に勤める奥さんにプレゼンテーションしたらしいんです。そうしたら、「あなた、何をやっているの?こんなの仕事で使えないじゃない」って、散々に言われたって話していました(笑)
松本:ビジネスパーソンから見たら役立たないと思われる研究もあっていいんですよね。やっぱり多様性は大事です。産業界の問題に迫っている人もいれば、そうでない人もいないとおかしいので。
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