
経営理論を信じすぎてはいけない
入山:私は2019年に『世界標準の経営理論』という本を出したのですが、松本先生はご覧になったりしていますか。

慶應義塾大学 商学部 准教授
慶應義塾大学総合政策学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修士課程および後期博士課程修了。2008年4月から神戸大学経済経営研究所講師、同研究所准教授を経て、2020年4月から現職。2016年8月から2018年4月までシンガポール国立大学NUSビジネススクールVisiting Research Associate Professorを兼任。国内外の学術誌に論文を発表しているほか、共著に『イノベーションの相互浸透モデル:企業は科学といかに関係するか』(白桃書房、2011年)、『日本企業のイノベーション・マネジメント』(同友館、2013年)などがある。
松本:ここにあります。
入山:ありがとうございます!松本先生が考えるこの本の読み方や感想など、教えていただけますか。
松本:今回の対談を機にあらためて拝読したのですが、Ph.D.コースの授業を彷彿させるような内容で、しかもそれぞれの章のクオリティが高いので大変参考になると思いました。
そして、800ページを超えるこの分厚さで、ベストセラーというのが非常に驚きでした。そんなに日本のビジネスパーソンが理論に飢えていたのかと。
ただ、一つ気になった点がありました。これは私が日常的に感じていることなのですが、学部の学生は、まじめに理論を勉強している人ほど、頭が固いといいますか……要は理論の使い方がいまいち分かっていません。「この理論でこういうことを説明できるよね」と言って、そこで思考が止まってしまうんです。
この『世界標準の経営理論』では、たくさんの理論が解説されていますが、人によっては学部生と同様に、「この現象はこの理論でこう説明できるよね」という感想で終わってしまうと思うんです。それが非常にもったいないですよね。
理論のよい面は、「理論を通して、ある現象をうまくとらえられる」というところだと思います。一方、「理論を通して、見えないところが分かる」という逆のパターンもあると思います。
たとえば「この理論ではここが説明できない」、あるいは「この理論のとおりであれば物事がこう進んでいくはずだが、実際はそうなっていない」というパターンもあるはずです。理論を100%信用し切っている人は、この「理論で説明できないところ」を見ないんです。理論は物事を説明するツールとして非常に役立つと同時に、逆にそこから分からないことが何なのかを理解する指針としても役立ちます。
そういう意味でいうと、この本の最後の部「第6部 経営理論の組み立て方・実証の仕方」や終章の内容が、この本の目的などとともに、最初のほうで書かれているとよかったかもしれません。本当の意味でこの本をどう使ったらよいのかが、より理解できたと思います。
この本を手に取るビジネスパーソンの多くは、おそらくふだん、ものすごい情報量にさらされて、物事が分からなくなって困っているのだと思います。そのような状況で、経営理論について書かれたこの本を読むと、課題解決の道筋が見えて、パッと光が差すように感じるのだと思います。
けれども、光が差せば、影もできます。その影を見ないと、次のステップである「理論を使って自分なりに考える」ということできないですよね。理論は誰もが学べます。他の人との違いを、そこからどう作れるかが大事です。
入山:いや、すごくありがたいご意見です!実は私は本の最後に「理論を信じるな」って書いているんです。私は「思考の軸」という言い方をしていますが、経営理論は物事をとらえる1つの切り口にすぎず、正解を与えるものではありません。
松本先生がおっしゃったように、ビジネスパーソンは考え続けなければいけませんよね。理論が正解だと思って考えが止まった時点で、まったく意味がないんです。現実は理論と違うことも沢山起こります。なぜ理論と違うのかを考えるのが大事だから、絶対に理論そのものを信じないように、といったことは一応最後に書いているんです。
松本先生は、このことを特に序盤で強調したほうがいいんじゃないかということですよね。
松本:そうですね。最後にそれをつけておくのがもったいなくて。まあ、どうなんでしょう(笑)
入山:いや、松本先生のご指摘通りかもしれませんね。実は、私がこの内容を最後に持ってきたのは、エンターテインメントとして楽しんでもらえるかなと考えた結果なんです。最初から一貫して経営理論の話をしていて、最後に「経営理論を信じるな」と主張すると、どんでん返しのような意外性が出ると思ったんです。けれども、誠実に考えると冒頭にあるべきですよね。
たしかに私の周りにも、この本の理論の教えが正しい……と考えてしまう方もいます。
松本:理論が宗教みたいになってしまうんですよね。
入山:今後改訂する際には、ご指摘を取り入れたいと思います!