
企業のマインドフルネス投資は
本当に効果的なのか
米国の雇用主の半分以上が従業員に何らかのマインドフルネストレーニングを提供しており、500億ドル以上とされる世界の企業向けウェルネス市場に貢献している。しかし、これらの投資は実際に効果を上げているのだろうか。
マインドフルネスの一般的な利点──さまざまな瞑想の実践を通じて培われるアウェアネス(気づき)とプレゼンス(いまここにいると意識すること)の瞬間──はよく知られているが、職場におけるプログラムの有効性は、意外にも確立されていない。マインドフルネスの効果を検証する学術研究の大半は、研究室やセラピストのオフィスで行われており、企業のウェルネスプログラムが行われる一般的な環境とは大きく異なるためだ。
このギャップを埋めるために、実際の職場環境において、瞑想を中心とするマインドフルネスの実践の効果を探る一連の実地調査を行った。その結果、マインドフルネスが有効な状況もあるが、場合によってあまり効果がない、あるいは逆効果になりかねないことがわかった。
最初の研究は、ミシガン大学ロススクール・オブ・ビジネス教授のグレッチェン・シュプライツァー、清華大学准教授のチェン・チャン、インペリアル・カレッジ・ロンドン インペリアル・カレッジ・ビジネススクール客員研究員のローラ・ノヴァル、リバプール大学マネジメントスクール上級講師のサマー・シャッファカットとともに、インドのITコンサルタントと米国のコールセンターで働くオペレーターを対象に行った。どちらの環境でも、朝に瞑想をした従業員は、1日を通して同僚や顧客に対してより気配りをし、協力的であることがわかった。
興味深いことに、どのような種類の瞑想でも従業員のより協力的な態度を引き出したが、その理由は瞑想の種類によって違った。呼吸に意識を集中させる「呼吸の瞑想」(ブレス・ベースド・メディテーション)は、他者の視点を認知的に理解する手助けとなる。また、他者に優しさや好意を伝えている自分を想像する「慈愛の瞑想」(ラビング・カインドネス・メディテーション)は、他者の経験を感じやすくなり、共感を高め、人とのつながりを深める。
しかし、イェール大学准研究員のマシュー・ラパルメおよびエセック・ビジネススクール助教授のイザベラ・ソラルと行った2番目の研究から、これらのマインドフルネスの実践における限界が明らかになった。研究では、1400人以上のオンラインギグワーカー自身に、誰かを傷つけた時のことを振り返り、続いて呼吸の瞑想や慈愛の瞑想を行ってもらった。その結果、呼吸の瞑想をした人は、慈愛の瞑想をした人や瞑想をまったくしなかった人に比べて、自分が傷つけた相手を助けたいとあまり思わないことがわかった。
つまり、自分の過去の過ちを認めて償うということに関して、呼吸の瞑想は効果をもたらすというより害になるかもしれないのだ。というのも、慈愛の瞑想は意識を他人に向けることによって共感を高めるが、呼吸の瞑想は自分自身に意識を集中させる。それが罪悪感を効果的に軽減し、過去の悪事を償おうというモチベーションを低下させるのである。
もちろん、罪悪感が弱まっている時は、さらに軽減させることによって前に進みやすくなる。しかし、先行研究によると、多くの場合、キャリアの課題や倫理的なジレンマから意識を切り離し、瞑想的なマインドセットに引きこもることで、必要な問題解決の妨げになりうる。したがって、職場の瞑想プログラムから最大限の価値を引き出すには、マネジャーが一律的なアプローチを避けて、さまざまな役割の従業員にとってどの種類の実践が最も役に立つか、あるいは有害かもしれないものはどれか、慎重に検討しなければならない。
そこで筆者らは、雇用主と従業員がすべての人にとって最も有益なマインドフルネスプログラムを実施するために、具体的な戦略を3つ開発した。
社会的交流と信頼性を必要とする職種にマインドフルネスを優先させる
呼吸の瞑想と慈愛の瞑想はいずれも、感情のコントロールが必要な社会的交流から生まれるストレスの軽減に役立つことが、研究で明らかになっている。したがって、カスタマーサービスの担当者、コンサルタント、医師、コールセンターのオペレーター、教師など、日常業務で対人関係を必要とする職種では特に、これらの瞑想が役に立つ。
たとえば、マインドフルネスは、ストレスの高いやり取りを頻繁に行う軍人のパフォーマンスを向上させる。また、筆者らの個人および仕事上の経験から、学生や同僚と潜在的に緊張を伴うやり取りをする前に、手短に慈愛の瞑想を行うと、じっくり話を聞いて思いやりのある対応をしようという心構えにつながる。
ただし、濃密で信頼に基づくやり取りをそれほど必要としない仕事では、マインドフルネスが逆効果になりうる。特に、仕事上、自分の心理状態と一致しない感情を表現する必要がある場合、マインドフルネスを高めるとかえって効果が下がる可能性がある。