学習性無力感をもたらすもの
学習性無力感とはもともと、1960年代のある有名な心理実験で明らかになったものだ。現代では、とうてい許されない実験だが、概要を説明しよう。
ペンシルバニア大学教授で、のちにポジティブ心理学と呼ばれる分野を創設した心理学者のマーティン・セリグマンは、電流の通った台にイヌを拘束して、後ろ足に電気ショックを与えた。すると時間が経つにつれて、イヌは自分の力ではそこから逃れられないことを学習し、逃れようとすることをやめてしまった。
セリグマンが条件を変えて、簡単に逃れられる台にイヌを移しても、イヌは逃げようともしなかった。依然として、自分の力ではどうにもならないと思い込み、床に丸まり、鳴きながら自分の運命をただ受け入れていた。逃げようと思えば、いつでもそこから逃げられるのに、イヌがそれに気づくことはなかった。
セリグマンは、人間もイヌと同様の反応を示すと結論づけた。何をやっても変わらないと思い込むと、人間は状況を改善しようとしなくなるのだ。
しかし、最近の研究の結果、セリグマンは当初の解釈を180度転換した。コロラド大学の特別教授で、セリグマンの最初の実験に関わったスティーブン・マイヤーは神経科学者に転じたのだが、彼の研究によれば、無力感とは、自分ではどうにもならない不運が続く状況に対する反応ではない。むしろ、受け身になることは、人間が長く続く困難に向き合わなくてはならない時の反応として、もともと持ち合わせている性質だというのだ。
長期にわたってネガティブな経験にさらされると、人間の脳は、それをコントロールする術は存在しないと思い込むようにできている。マイヤーとセリグマンが「デフォルト受動性」と呼ぶ、人間が持って生まれた反応だ。
これは深遠な意味を持つ。なぜなら、学習性無力感とは実のところ、学習されたものではないことを意味するからだ。そうではなく、感情をシャットダウンし、現状に対して受動的になることは、長期にわたって嫌悪すべきイベントに対する人間の正常な反応なのだ。たとえば、いつまでも終わりの見えないパンデミック、そして大嫌いだが辞められない仕事がそれにあたる。
デフォルト受動性は、現在起きている「静かな退職」現象の説明になる。人々は何年もストレスにさらされてきたが、きっぱりと辞める自由は持ち合わせていない。そして、ストレスフルな状況から逃れられない無力感から受け身になるという、いまやノーマルで予測可能な反応を示すようになる。
ミーティングに参加しても、アイデアを出すことがない。チームを変えるイニシアティブに取り組んだり、より有意義な仕事を積極的に探したりすることもない。要は、クビにならないように、必要最低限のことだけをするだけだ。