戦略をストーリーとして深く理解させる方法
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サマリー:戦略はストーリーにして共有することで、関係者が速やかに学び、深く理解できるようになる。本稿では、戦略の目的に立ち返り、ストーリーの力を再認識したうえで、戦略とストーリーを結びつける方法を論じる。その方... もっと見る法は5つのステップに分かれている。狙った意図を組み込みながらストーリーをつくるための指針に利用できる図表も用意し、速やかに戦略ストーリーを形づくる具体的な手法を解説する。 閉じる

戦略とストーリーを結びつける

2022年、象牙目当てで密猟業者に殺されたゾウは3万5000頭に上りました。いま極めて大きな危機が起きているのです。しかし、シンプルな3段階の戦略により、ゾウたちを救うことができます。それは、殺害をなくすこと、密売をなくすこと、需要をなくすことです。

 これは、2016年に「96エレファンツ」というウェブサイトに掲載された文章である。ここに記された戦略は、野生生物保全協会(WCS)の主導により実践されて、野生生物保護の取り組みとして歴史上で有数の目覚ましい成果を上げた。【米国版編集部注】WCSは、膨大な数の動物園、企業、自然保護団体、篤志家を糾合して、米国と中国で象牙取引を禁止させ、米国で野生生物の密取引を禁じる法律の制定を実現し、ゾウの密猟を大幅に減らすことに成功した。

「強力なストーリーをつくり出し、そのストーリーを活用していなければ、私たちが世界の野生生物と野生の土地を守るための戦略を成功させることはとうてい、できなかったでしょう」と、WCSの上級副理事長(広報担当)を務めるジョン・カルベッリは言う。

 冒頭で紹介したWCSのメッセージは、「戦略ストーリー」の好例と言ってよい。ビジネス戦略はたいてい、極めて合理的なプロセスに基づき、事実と分析を土台にして形づくられる。一方、ストーリーテリングは、フィクションやエンターテインメントと結びついたイメージを持たれることが多く、戦略とは対極にあるように感じられるかもしれない。しかし、戦略とストーリーテリングは相容れないものではない。「私たちの活動は科学に基礎を置いていますが、科学的事実と科学的議論だけでは人を動かすことはできません」と、カルベッリも述べている。

戦略の目的とは

 ビジネス戦略は、競合他社との競争で優位に立つための道具だ。戦略を打ち立てるためには、自社と競合他社の現状、目標、能力、そして、顧客のニーズ、ビジネス環境の変化を十分に理解することが欠かせない。

 しかし、机上で賢明な戦略を考案することは、その戦略の実行を担う人たちを引き込むプロセスの出発点にすぎない。戦略を周知し、人々に理解させ、それを通じて行動を引き出す必要がある。

 ビジネスの現場で実際に見られる戦略関連の文書やプレゼンのほとんどは、この側面においては救いようがなくお粗末な内容に留まっている。最近の研究によると、自社の戦略上の優先課題を3つ正しく挙げられる経営者は全体の28%にすぎないという。ましてや、その戦略を実行するためにどのような行動を取ればよいかがわかっている経営者はもっと少ない。

 そうした中で、戦略ストーリーは、議論と行動の間、意図と結果の間、戦略と実行の間に、懸け橋を築く強力な手立てになりうる。

ストーリーの力

 ストーリーとは、人を引き込むことを目的とする物語(ナラティブ)と定義できる。これを別の角度から言えば、ストーリーにおいては、何が伝達されるかだけでなく、聞き手にどのような影響を及ぼすかも重要なのだ。

 人は、ストーリーを通じて世界を理解する。私たちの脳が理解しやすいのは、ドラマチックな試練と、そうした試練を乗り越えて目標を達成することにより変容を遂げるヒーローたちの物語だ。ストーリーは、ものごとを直接経験していない人に情報を伝達できるという点で、人類の進化のプロセスでも大きな価値を持ってきた

 行動経済学の研究によると、人は完全に合理的に行動するわけではない。事実と論理だけで動くのではないのだ。ストーリーは、戦略の論理的な要素を魅力的な物語に織り込み、人を突き動かすことができる。たとえば、交通事故に関する味気のない統計を示されて、慎重に運転しようと思う人は少ない。けれども、冬の夜に凍結した道路を走っていて事故を起こした家族の悲劇をありありと描いたストーリーを聞けば、運転の仕方が変わる人は多いだろう。

 柔軟性があることも、ストーリーの利点だ。ストーリーは、語り継がれる過程を通じて、環境の変化や新しい教訓を反映して少しずつ内容が変わっていく余地がある。それゆえに、ストーリーは、いわゆるアダプティブ(適応)型戦略と相性がよい。変化に対応して新しいことを学ぶスピードが競争力の源泉になる時代には、このような戦略の重要性が大きい。

 システム思考の専門家のなかには、私たちが複雑な状況を理解するためにはストーリーが不可欠だとまで主張する人たちもいる。ストーリーという形で状況を単純化することにより、ややこしすぎたり、退屈だったり、理解不能だったりする描写を避け、システムや行動の枠組みを必要十分な詳しさで描き出すことが可能になるためだ。

 ビジネス界は、これまでもマーケティングに関してはストーリーの力を十分に理解してきた。近年において最も認知度の高いマーケティング・キャンペーンの一つであるナイキの「ジャスト・ドゥ・イット」は、このたった3つの単語で、自分自身のストーリーの主役として行動する顧客たちを称えた。

 ストーリーの力は、ビジネス戦略の分野でも活用できる。というより、活用しなくてはならない。

 本稿の筆者の一人(リーブス)が共著The Imagination Machine(未訳)で指摘したように、企業がこの世界に存在する資格を獲得し、あるいはその資格を維持するためには、世界に新しいものをもたらす必要がある。したがって、ビジネス戦略は、現実の世界でしっかり地に足をつけたものであることに加えて、想像力と行動を通じて、新たに価値あるものを生み出せるものでなくてはならない。

 ドイツのベストセラー・サスペンス小説家であり、ビジネス戦略家でもあるファイト・エッツォルトは、筆者らにこう語っている。「戦略とは、ストーリーにほかならない。それは、現在の事実から出発して、まだ確定していない未来に結末を迎えるものである」