スタートアップのマインドセットを採用する

 マイクロソフトは巨大企業であるにもかかわらず、その組織文化の変革にはスタートアップ的な特徴がいくつか見られる。一つは、顧客に寄り添う姿勢である。同社は非常に多くのソフトウェア製品を販売しており、そのほとんどがさまざまな形でオンラインに接続されている。ナデラは、変化の激しい市場で遅行指標である売上高を見たり顧客の声を聞いたりする代わりに、製品開発者にはユーザーが実際に何を使っているかに注目させた。こうして開発者は、データを収集、分析し、結果を可視化するダッシュボードを使って前月の使用状況を確認することで、最新の市場感覚を得るようになった。

 またエンジニアには、新しい可能性を追求できるよう自由を認めた。ナデラは自著に、この改革についてこう書いている。「エンジニアは大きな夢を抱いてマイクロソフトに入社してきたのに、実際には上層部への対応と負担の大きい工程作業、それに会議での口論しかしていないようだった」。そこで同社は階層を減らし、特定の問題に対する回答を得るための階層間のコンタクトルールといった制度のほとんどから、エンジニアを解放した。エンジニアたちは「日々戦うアウトローではなく、マイクロソフトのメインストリームになった」。エンジニアの参画を得て、同社は突発的なチャンスや脅威にうまく対処できるようになったのである。

 マイクロソフトはさらに、自称「世界最大の民間ハッカソン」を主催し、社内エンジニアが思い描いたさまざまなプロジェクトに共同で取り組めるようにした。毎年開催されるこのイベントには、数百の都市で1万人以上の参加者が集まる。開催期間は数日間にすぎないが、サイロを超えたつながりが生まれ、それが商業的なプロジェクトにも引き継がれ、迅速なコラボレーションによって問題が解決されていった。このように、マイクロソフトの振る舞いはまるでスタートアップのようであり、保守的な大企業にありがちな動きの鈍さはなかった。

変革へのコミットメント

 組織改革は現実にはやっかいなもので、ナデラをはじめとするリーダーたちは強硬に推し進めなければならなかった。管理職は、自分たちの小さな領地に安住していた。最も気概のある社員以外は、十分な利益とやりがいを持ちながら、技術的課題のある快適で秩序だった世界に満足しきっていたのである。「スタック・ランキング」という悪名高い人事考課制度があり、マネジャーは各評定を決まった人数に割り振る釣鐘型の評価を行っていた。対立の構図を助長する「我々対彼ら」や「目的達成のためなら容赦しない」というマイクロソフトにあった傲慢な文化は、もはやパーパスを達成する役には立っていなかった。

 ナデラは、若い会社のような大胆さを取り戻し、打ち立てたビジョンにコミットするために、「マイクロソフトは、新しい岸に上陸したら乗ってきた船を燃やす」と発表した。すなわち、かつて事業の中核だったが人気の落ちたウィンドウズOSをもはや更新しない、と宣言したのである。また、ノキアの後追いのスマートフォン事業に投資した70億ドルを清算し、同事業のエンジニアを解放して新しいプロジェクトに取り組ませた。スタック・ランキングも廃止した。

 そして、市場を切り開く買収を次々と打ち出した。ノキアのスマートフォンのような後追いの買収ではなく、自社を次のステージに押し上げることを狙い、カテゴリーのパイオニアを買収した。すなわち、ビジネスSNSプラットフォームのリンクトインを260億ドルで、ソフトウェア開発者向けプラットフォームのギットハブを70億ドルで、そしてゲームソフト開発のアクティビジョン・ブリザードをモンスター級の680億ドルで買収した。

 こうした一連の動きによって、前進するしか選択肢がないことをはっきりと示した。社員は、キャッシュカウを当てにすることはできず、この新しいアプローチを成功させるしかないことを認識したのである。

ゲーム開始

 一方、グーグルは大胆さとは対極の状態にあった。世間からテックジャイアントと見られるようになったことで、「知覚や感情を獲得したAI」に対する懸念や反トラスト法違反の攻撃を警戒していた(一方マイクロソフトは反トラスト法違反の疑いがあるにもかかわらず、アクティビジョン買収の契約を進めるなど攻勢に出ていた)。グーグルの経営陣は、既存の検索収入を社内で奪い合うことも懸念していた。同社は検索よりもモバイル、クラウドコンピューティング、ハードウェアを優先させた。AIに多額の投資をしていたものの、リスクを回避し、防御に回っていたのである。

 これらすべてが2月初めのマイクロソフトのまさかの逆転劇につながった。グーグルにもこの先まだ勝ち目があるかもしれないが、本当の競争が始まったいま、グーグルにもマイクロソフトのような企業文化の変革が求められる。

 マイクロソフトの復活は極端な例だが、どのような企業でも同じように攻めの姿勢に転ずることはできる。そのために必要なステップがいくつかあるが、最も重要なのは、自社の存在意義を掲げ、そのビジョンの下に社員を団結させ、スタートアップのようなオープンさと市場重視を推進し、大胆に行動して組織の勢いを生み出すことである。

 テック企業に限ったことではない。同様のシフトは、小売業や製造業などの業界でも見られる。いずれにせよ、「これが自分たちの存在理由である」というコミットメントとスタートアップのマインドセット、そして大胆な行動をもって「攻める決意」をすることが肝要である。


"How Microsoft Became Innovative Again," HBR.org, February 20, 2023.