
ブランドを消費者がコントロールするとどうなるのか
スポーツファンなら誰でも、試合中継を見ながら、テレビに向かって叫んだり、監督の不可解な布陣に怒ったり、選手が土壇場でとんでもない動きをするのを信じられない気持ちで眺めたりしたことがあるはずだ。このチームは勝つ気がないのか、と思うことさえある。
そういう場面で自分が采配を振るうことができるなら、多くの人が喜んでそうするだろう。最終戦のメンバー構成や試合中の選手交代を決め、作戦変更を宣言し、勝敗を決める最後のプレーを指示し、トロフィーを渡す。最高ではないか。
ファン・コントロールド・フットボール(FCF)の世界へようこそ。
FCFリーグは2年前から、eスポーツのベンチャー企業のような事業を展開している。FCFでは、実在するアメフトの選手とチームをブロックチェーンベースの意思決定によってファンがコントロールする。7週間のレギュラーシーズンの間、ブランディングからフロントスタッフの人選、リアルタイムの戦術決定に至るまで、ファンが行うのである。Web3技術を早期に応用したこの事業は、「ブランドの透明性を求める消費者欲求」が「ブランドへの消費者の参加とコントロール」と結びついたらどうなるかを示す優れた例である。さらに言えばFCFは、消費者のエンゲージメントや決定権を高めたい企業にとって指標となる存在である。
筆者らは、2017年の設立以来、同リーグの研究を続け、顧客にコントロールを委ねる民主化された製品やサービスの開発に当たって、企業が適用すべき一連のベストプラクティスを見出した。最も重要な発見は、FCFのような民主化されたプラットフォームの成功と可能性は、eスポーツの分野に留まらないということである。しかし、成功したいのであれば、顧客により多くの決定権を付与するために、企業はまず顧客と経営陣の関係を見直す必要がある。
ファン・コントロールド・フットボールとは
2021年にFCFは、プロスポーツの民主化と、前例のないライブのファン体験を実現することに乗り出した。最初のシーズンを成功させ、2022年にはリーグのチームを4から8チームに増やし、レギュラーシーズンを7週間とプレーオフを1週間に拡大し、「ピープルズ・チャンピオンシップ」でクライマックスを飾った。
その仕組みはどのようになっているのだろうか。
まず、ファンはNFT(非代替性トークン)を購入し、一つのチームに所属して投票権を得る。毎週水曜日に開催されるライブドラフトに参加し、その週にプレーするチームと選手を決定する。通常のアメリカンフットボールの縮小版(11人制ではなく7人制、120ヤードのフィールドの代わりに50ヤードのフィールド)であるこのリーグは、ハイテク機能満載のアリーナで行われ、アマゾン・ドットコムのゲーム・スポーツ系ライブ配信プラットフォームツイッチ(Twitch)とNBCユニバーサルのローカルニュースネットワークLX、スポーツ動画配信プラットフォームのダゾーン(Dazn)およびフボテレビ(fuboTV)でライブ中継、配信される。
ファンはFCFのモバイルアプリを使って、1時間の試合中に、プレーを選択する投票に参加できる(アメフトの1プレーは10秒程度で終了し、仕切り直して次のプレーが開始される)。この積み重ねでゲームが進行する。通常、プレー前にコーチ(監督)と選手との間で戦術確認が行われる。たとえば、自分のチームに攻撃権がある時には、ボールを持って走る「ランプレー」とボールを前方へパスする「パスプレー」のどちらかに投票し、その後、表示される4つのプレー図から1つを選択する。すると投票結果が15秒以内にコーチに伝えられ、投票で決定したプレーを選手に指示する。そしてファンは、そのプレーがフィールドで展開されるのを見守る。
ビデオゲームと同じように、ファンは「ファンIQ」を上げていくことができる。FCFと交流すればするほど自分の投票力が増し、いかにゲームに精通しているかを、他のファンに証明できる。またファンは、選手の起用やプレーの指示に関与した報酬として、play to earn (遊んで稼ぐ)システムの暗号資産であるNFTドロップを受け取る。
創設者のソーロブ・ファルディとグラント・コーエンによると、最初の2シーズンは、特にコミュニティエンゲージメントの点で成功したという。ファン登録数は23万人(その結果、米国のスポーツアプリランキングでトップ10入りした)、ライブ視聴者は週240万人、FCF配信プラットフォームでのハイライト視聴は計1億回に上った。1試合あたりの視聴者数は、シーズン1では平均37万5000人だったのが、シーズン2の優勝決定戦では139万人にまで増加した。
さらに、アプリをダウンロードし、チームに参加したファンは、エンゲージメント率が非常に高い。75%以上が実際にドラフトや選手交代、プレーなどの投票に参加している。エンゲージメントが特に強いのはFCFのWeb3ソリューション、つまり追加機能を入手するファンで、非Web3のファンより継続率が40%高い。前者は、試合での影響力を高められるWeb3アプリへの関心が特に高い。その結果、FCFが販売したNFTは2万を超え、1ユーザーあたりの平均売上は1000ドル近くに達する。
こうした指標を考えれば、最初のシーズンを終えるまでに4000万ドルを調達できたのも不思議ではない。FCFは、著名な投資家を数多く惹きつけ、NFLの元スター選手、マーション・リンチ、DJのスティーブ・アオキ、ラッパーのクエヴォなどがチームオーナーになっている。
なぜWeb3なのか
FCFは、直接参加を可能にするブロックチェーン技術を通して、フィジカルなスポーツの世界とデジタルの世界を融合させ、新しくてワクワクするようなファン体験を生み出している。その際、ブロックチェーンの分散管理性によって、ファンがプラットフォーム上で、意思決定やそのほかのリーグ活動に参加するために使用するトークンの取引履歴を追跡したり改ざんを防止したりすることが可能になっている。たとえば、NFTの保有者は、互いに取引でき、アイテムをデザインして、チームストアで販売することができる。ブロックチェーンによって、リーグのルールやゲームの仕組み、拡張計画など、FCFに関するさまざまな意思決定に発言権が持てる。またチームの実際の株主になるための株式を先行して注文できる。
2017年に戦略を練り始めたFCFは、「分権型のファンコミュニティが重要な決定を行う組織」をつくることをビジョンに掲げて発足した。ファルディとコーエンは、FCFの前身プロジェクト「ファンチャイズ」(FANCHISE)の一環として、2017年シーズンからの参戦を念頭に、インドアフットボールリーグ(IFL)内にソルトレイクシティを本拠地とするコンセプト検証チームをつくり、そのチーム名、チームカラー、コーチを決めるファン投票をモバイルアプリを通じて行った。こうして、史上初のファン・コントロールド・プロスポーツ・フランチャイズ、「ソルトレイク・スクリーミングイーグルズ」が誕生した。