生成プラットフォームを目指して
次のようなシナリオを想像してみよう。あるクリエイターが、下記のテキストを入力する。
超リアルな実写動画(音声付き)がすぐさま生成され、何十億人もの視聴者に公開される。誰が何秒視聴し、どの部分をスキップしたのかがわかる。動画へのいいね、共有、コメント、検索、プラットフォーム外で行われたすべてのディスカッションについても知ることができるだけでなく、動画の制作に使われた入力文も正確にわかる。
このシナリオは、既存の動画プラットフォームにおける2つの課題をいっきに克服できる。動画に関する的確な説明(入力されたテキストプロンプト)により実際に動画が制作されるため、制作の障壁が著しく下がる(単に自分の想像を入力するだけでよい)。わざわざキャップカット(CapCut:動画編集アプリ)を使う必要はなく、役者さえ不要だ。
これは魔法のように思える。事実、まだ存在してはいない。だが、単に3つのAIプログラムを組み合わせれば実現するのだ。AI#1は、入力されたテキストに基づいて動画を生成する。AI#2は、動画と視聴者を適切にマッチングする。AI#3は、結果として生じるエンゲージメントを基に、次にどのような動画をつくるべきかについてクリエイターに助言を与える。
この制作モデルのより原始的なバージョンは、すでにコンテンツを生み出している。おそらく最も有名なものは、『となりのサインフェルド』をパロディにしたシットコムの『ナッシング・フォーエバー』だろう。脚本の作成に生成AIが使われ、約10万人のフォロワーがいる。
生成AI主導の動画プラットフォームは、エンゲージメントを高める要因について、クリエイターに助言し、視聴者に見合ったコンテンツを提供することで、価値創造の障壁を減らす。同時に、障壁が下がり助言が向上することで、クリエイターは企業に縛られない部分で創出する価値を増やすことが可能になる。
そして、コンテンツの制作と視聴の間に摩擦はほとんどないため、クリエイターは視聴者でもあり、反対に視聴者がクリエイターでもある。視聴者が検索で入力し、そのテキストが新たな動画のプロンプトになれば、両者の境界はさらに曖昧になる。
その経済的インパクトは膨大となるだろう。従来は、プラットフォームでごく少数の非常に人気のあるコンテンツが、人気の劣る大部分のコンテンツを補ってきた。生成AIのプラットフォームでは、クリエイターは次に何をつくるべきかについて、アルゴリズムによるレコメンデーションという後押しを得るため、人気コンテンツの成功に拍車がかかる。同時に、制作の障壁が大幅に下がることで、人気コンテンツを手がけるクリエイター以外のクリエイターの収益性も高まることになる。
既存の有力プラットフォームは、どう適応するのだろうか。3社の中でネットフリックスは、自社のビジネスモデルに最も強く縛られており、劇的に変わるのは難しいと思われる。同社は広告収入で運営するモデルを長らく拒んできたが、ごく最近になってその方針を転換した。
ティックトックはビジネスモデル、ケイパビリティ、柔軟性の面で、今後登場すると思われる生成AIプラットフォームに最も近いが、米国では規制当局の監視対象となっている。
ユーチューブは、ショート動画の導入とクリエイターへのインセンティブの強化によって競争に尽力しているため、有利な立場にある。また、グーグルが持つAIのケイパビリティによる後押しもある。ただし、グーグルは生成AIの分野における商用化ですでに遅れを見せている。
これは序章にすぎない
最近の生成AIをめぐる技術的進歩の加速と関心の高まりは、驚きというほかない。たしかに、テキスト入力で超リアルな実写動画を生成する技術はまだ現われておらず、そのような技術の存在は新たなプラットフォームを実現する上で不可欠だ。
たとえその技術が登場しても、テキスト入力では動画に関する十分に的確な定義を提示できないことが多いかもしれない。クリエイター兼視聴者たちが似たようなテキストプロンプトを作成すれば、同じではないが似通った動画をプラットフォームが大量に生み出す可能性は高い。
また、魅力的なコンテンツ生成の秘訣をプラットフォームが学習していく中で、プラットフォームとクリエイターの間の利害の衝突はどのように管理されるのか。やがて現れる無許可のディープフェイクや、必ず生じるプロパガンダや偽情報を、プラットフォームはいかにして防ぐのか。
こうした注意点はあるものの、現在のネットフリックス、ユーチューブやティックトックの座を奪うか、少なくとも補完する新たな動画コンテンツのプラットフォームを生成AIがもたらす可能性は非常に高い。生成AIの技術はコンテンツの制作だけでなく、プラットフォーム、クリエイター、消費者の間のダイナミクスを活性化させるためにも使われるだろう。
どの側面においても、技術的な不確実性と倫理的リスクが伴うことは言うまでもない。そして当然ながら、動画は急激な変化が見られそうな領域の一つにすぎない。
アート、音楽、文章に関する多くのクリエイティブ分野で、何が破壊的変化の時期を迎えているのかを見極めることができる企業や、自社の縄張りを守るために生成AIを活用する意思のある企業には、劇的な変化と新たな商機が待ち受けている。
"How Will Generative AI Disrupt Video Platforms?" HBR.org, March 13, 2023.