プチオは社内のパイロット版を作成するチームに3人のマネジャーを抜擢した。専門知識だけでなく、排出量削減に対する情熱や、日常業務を超える貢献への意欲をもとに選ばれたチームは、4つの原材料のサプライヤーにE負債システムのパイロット版について説明し、排出量のデータを求めた。
サプライヤーは協力的だったが、PTGTに販売している製品の具体的な排出量を共有したのは、当初は数社だけだった。ほかのサプライヤーについては基本的に、それぞれのEPDで公表されている排出係数を参照した。そして、サプライヤーに関する推定値をE負債の動的なスプレッドシートに記入した。表1の2列目は、タイヤの原材料の排出量を指数化している。
続いて社内に目を向け、乗用車用タイヤの製造に伴う主な排出源を特定するためのフローチャートを作成した。そのうえで、エネルギー消費量が最も多い2つのプロセス、コンパウンディング(タイヤの材料の混合)とキュアリング(タイヤを形成するために圧力と熱を加える工程)に的を絞り、その過程で発生する自社の直接排出量と、エネルギー消費に伴う排出量を計算した。
最後に、サプライヤーの排出量と自社の製造現場の排出量を乗用車用標準タイヤに配分して、タイヤ1本当たりの排出量を計算した。これで1本当たりの排出量が明らかになり、そのタイヤが販売される際にPTGTの顧客に移転することができる。
プチオは当初、PTGTのタイヤの具体的な排出量データを計算するのは難しいだろうと考えていた。しかし、パイロット版の作成はわずか2カ月で終わり、必要なデータの多くが、規制当局に提出する情報開示資料に記録されていることがわかった。つまり、ゼロから始めるのではなく、すでにあるデータの正確性を確認して(監査機関が管理していないデータは特に検証が必要になる)、可能な限りロット単位のデータを取得すればよかった。
こうしてE負債システムの第1段階の概算が終了した。続いて、サプライヤーや自社の製造プロセスからより正確なデータを取得し、このプロトコルをさらに洗練させていくことになった。
これらの第1段階を踏まえて、プチオのチームは排出量を削減できる領域を特定した。「パイロット版を通して、電力とカーボンブラックの購入が、最適とはいえない温室効果ガス排出量を把握しないまま行われていることがわかった」と、プチオは語っている。「各サプライヤーの排出量を測定することによって、タイヤのカーボンフットプリントを削減するために変更できる場所を特定できた」
PTGTがカーボンフットプリントの削減に積極的に取り組んでいることを理解したサプライヤーは、それぞれが排出量の低い代替案を提案するようになった。
カーボンブラックのサプライヤーは、製品のライフサイクルを通じて資源利用を最適化し、排出量を38%削減する循環型の生産方式を提案した。天然ゴムのサプライヤーは、自社のサプライヤーを国内の植林地から生産性の高いタイの業者に切り替えて、排出量を27%削減することができる。スチールのサプライヤーは、塩基性精錬炉での製錬が必要なバージン鉱石を、より排出量の少ない電気炉で処理するリサイクル・スチールに置き換えて、43%以上の排出量を削減することができる(表1の3列目「削減分」を参照)。
PTGTのE負債担当チームは、自社の製造過程の各段階で排出量を削減できる場所についても考察し、特にエネルギーを多く消費する場所を検証した。その結果、製造現場に太陽光発電を導入して電力系統の一部を代替することによって、購入するエネルギーの排出量を18%削減できると計算した。ただし、これは太陽光パネルの製造に伴う川上の排出量を含まない最大限の推定値だった。また、エネルギー効率の高い新型の天然ガスボイラーを使用すれば、さらに6%の排出量削減が可能だった。
このようにサプライヤーと協力し、社内のプロセスを調整しながら、全体として、まずは乗用車用タイヤの排出量を約22%削減できると試算した。また、ビード(高炭素鋼)、ナイロン、ポリエステル、化学物質などの材料をタイヤの質量の95%まで追加できる可能性を検討した。
さらに、パイロット版がもたらした成果として、PTGTはスチールのサプライヤーのうち1社と共同で、自動車のライフタイムを通じて化石燃料の使用量を削減できるような、排出量が少なくて耐久性が高いスチールコードの調達を開始した。
PTGTが重要な顧客である自動車メーカーにパイロット版の結果を報告したところ、そのメーカーが興味を示し、彼らの直接のサプライヤーである中国の工場でも採用したいと求めた。PTGTはこれに手応えを感じ、脱炭素を競争力の源泉にしたいと考えている。