
E負債の会計システムを使用するメリット
気候変動に関する法律や規制、税制はゆっくり前進しているが、一部の企業は環境に敏感な株主や顧客の期待に自主的に応えて、サプライチェーンの脱炭素化に取り組んでいる。筆者らがHBRの2021年11-12月号(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー2022年4月号)で紹介した「E負債」(E-liability)の会計システムは、組織に確立された会計原則に基づいて、複雑なサプライチェーンにおける炭素排出量の測定と削減に関する欠陥を補うことができる。
温室効果ガスプロトコル(GHGP)や、環境製品宣言(EPD)で用いられるライフサイクルアセスメント(LCA)など、標準的な炭素測定の手法は、
一方で、E負債の会計システムは、
さらに、製品に組み込まれた炭素情報を顧客と共有し、顧客は購入した原材料に加え、自分たちの事業によって発生した二酸化炭素排出量について同じようにE負債を計算し、バリューチェーンの川下に伝達する。このアプローチは製品の「原材料の調達から顧客に届けるまで」、すなわち、製造に使用する原材料の採掘から加工、輸送、ラストマイルの配送まで、すべての過程におけるカーボンフットプリントを総合的に追跡する。
つまり、E負債の会計システムでは標準的な付加価値計算と同じように、各企業は自分の直接排出量と、サプライヤーから購入する原材料に含まれるサプライチェーンの川上での実際の排出量についてのみ責任を負う。企業の直接排出量やサプライヤーの排出量が削減されれば、それに応じて、顧客に販売・配分される製品のカーボンバランスも削減される。
さらに、バリューチェーン内の各事業体における全製品の排出量データは、原則として企業レベルで集約でき、購入、生産、販売された炭素排出量の合計を財務諸表のように取りまとめる。監査人やアナリストはこれらの企業レベルのレポートを検証して、より効果的なグリーンファイナンスの投資を促進することができる。
このようにE負債の会計システムは直感的に理解できるものの、企業は間接的で面倒なGHGPやLCAのアプローチを使い続けているため、現場では広く採用されていない。本稿では、オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院とスタンフォード・ビジネス・スクールのケーススタディをもとに、E負債の会計システムをいち早く導入したグローバル企業が、サプライヤーや自社の事業から排出量の情報を取得して活用し、自社のカーボンフットプリントを改善して、顧客にも改善の機会を提供している事例を詳しく見ていく。
カーボン排出量の管理
1社目は、シンガポールを拠点とする世界有数のタイヤメーカー、ジーティー(Giti)タイヤグループだ。130カ国以上に顧客を持ち、年間売上高は約25億ドルに達する。原材料や半製品には大規模で名の知れたサプライヤーを使っているが、多くの企業と同じように、事業活動に関係するサプライヤーからの温室効果ガスの排出量を指す「スコープ3」の算出は業界の平均値に頼っていた。しかも、その情報の入手は難しかった。
タイヤ製造における排出量データの主な情報源は、フィンランドのある学生が2016年に書いた修士論文だった。更新もされず、いまや古びたこのデータが、タイヤ製造部門の独自の排出量見積もりの大半で根拠とされている。
E負債システムを知ったジーティーのCEOは、品質保証担当ディレクターのフランソワ・プチオに、インドネシアの子会社PTGTでパイロット版を開発するように指示した。プチオは、まず一つの製品、PTGTのタイヤ生産能力の約30%を占める乗用車用標準タイヤの排出量を計算することにした。とはいえ、200種類以上の原材料を使っており、それだけでも大変な作業になりそうだった。
この難関を乗り切るために、プチオは「サットンの法則」を採用した。これはウィリアム・サットンという銀行強盗が、強盗をした理由を聞かれて「そこに金があるから」と答えたことにちなんだ教訓だ。
プチオはこの法則にしたがって、合成ゴム、天然ゴム、カーボンブラック(タイヤを強化するための煤のような粉)、スチールの4つの主な原材料に的を絞り、それらを生産するために発生する排出量を見積もった。この4つの原材料でタイヤの重量の86%を占めており、川上のサプライヤーのデータを調べる出発点になった。