経営者の現場離れが企業にもたらすリスク
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サマリー:近年、経営者やCEOが、現場に出向く傾向が見られる。実際、スターバックスの新CEOやウーバーのCEOは、現場の業務に携わり、問題や課題を直接経験したという。このような動きは、リーダーの現場離れがもたらすリスク... もっと見るや信頼性の問題を浮き彫りにする。さらに、現場で業務に関わる人々と接し、情熱を解き放つことが変革を成功させる。したがって、CEOはみずから現場に赴き、現場の人たちから実践的な知恵を学ぶことが重要だ。 閉じる

現場を知らない経営者に変革などできない

 野心的な変革プランを打ち出す経営者や企業幹部の間で、何か新たなトレンドが生まれている。それは、経営者が従来のように現場から隔絶した高尚な場所にいるのではなく、ビジネスの現場に身を置くことだ。

 最近の報道によると、スターバックスの新たなCEOであるラクスマン・ナラシムハンは、就任前の数カ月間、社内のありとあらゆる業務を経験したという。スターバックスのさまざまな店舗でコーヒーをつくり、コーヒーを客に提供する業務にも携わった。バリスタの資格を取得するために40時間を費やし、米国、欧州、日本の店舗で店頭に立ったのである。

 ナラシムハンは、コーヒーのカップとふたを正しく組み合わせることがいかに難しいかを知って「驚いた」と語っている。それほどまでに、同社のオペレーションは複雑なものになっていたのだ。また、ナラシムハンは、来店客が支払いに用いるさまざまな方法、すなわち現金、独自のプリペイドカード、スマートフォンなどを直接体験し、それぞれの支払い方法によって、サービスの提供に要する時間がどのように異なるかも知ることができた。

 社内向けのメッセージで記しているところによると、ナラシムハンはこの経験を通じて多くのことを学んだと感じており、今後も毎月、半日ほど時間を割いて、さまざまな店舗で現場の業務を経験する計画を立てているとのことだった。そして、ほかの上級幹部たちにも自分と同じような行動を取ってほしいと考えている。

 配車サービス大手ウーバーのCEO、ダラ・コスロシャヒも変革志向が強いCEOだ。コスロシャヒは最近、ウーバーの登録ドライバー数の増加ペースが目標に達しない状況にあるなか、ウーバーをドライバーにとってより魅力的な存在にするために自分ができることの一つは、自分自身が自社のドライバーとして実際に働いてみることだと考えた。そこで、サンフランシスコ周辺で乗客を輸送したり、フードデリバリーを行ったりした。

 それを通じて、多くのドライバーたちがずっと不満を述べてきた問題を直接経験することができた。その問題とは、ドライバーがウーバーに登録するのに手間がかかったり、業務の打診を断ったドライバーが非常に不利な扱いを受けたりすることなどである。

 この経験をきっかけに、コスロシャヒは「それまで抱いていた思い込みをすべて再検討」したと言う。そのように大々的な変革「プロジェクト・ブーメラン」を形づくっていったのである。

 以上で紹介したような逸話は興味深く、こうした行動はCEOたちの評判にもプラスになる。そして、これらの事例は、変革を牽引しようとするリーダーたちにとって、とりわけ深刻なリスクの一つを思い出させてくれる。そのリスクとは、実際に自社の事業に関わっている人たち、自社の製品やサービスを購入してくれる顧客や、製品やサービスを提供する自社の働き手たちと隔絶してしまうことである。市場のあり方を根底からひっくり返すようなビジネスモデルを考案したり、最新のテクノロジーを導入したり、派手なマーケティングキャンペーンを了承したりすることに血道を上げてばかりいるとリスクへの対処をないがしろにしてしまいがちだ。

 煎じ詰めれば、変革を目指す取り組みがうまくいくのは、実際の業務に最も近い場所にいる人たちの行動に大きな影響を及ぼして、その人たちの情熱を解き放った時だ。現場の人たちとは、コードを書くプログラマー、顧客とやり取りする現場の従業員、そして顧客自身などのことである。顧客は購買行動を通じて、ある会社が価値あるものをつくり出しているかどうかの判断を下していると見なすことができる。

 現場を知らないCEOが、人々の理性と感情に訴えかけることは容易でないのだ。

 最近、80歳で引退を発表した伝説的なマネジメント思想家のトム・ピーターズは、これまでのキャリアのほとんどを通じて「MBWA」を提唱してきた。これは、「歩き回ることによるマネジメント」(Managing by Wandering Around)の略である。ピーターズと、主著In Search of Excellence: Lessons from America's Best-Run Companies, Harpercollins, 1982.(邦訳『エクセレント・カンパニー』英治出版、2003年)の共著者ボブ・ウォーターマンがこの考え方(とMBWAという略語)に出会ったのは、ヒューレット・パッカード(HP)のCEOを務めたジョン・ヤングと話していた時だった。ヤング自身もリーダーシップに関する伝説的な存在である。

「私はこの言葉が気に入っている」と、ピーターズは説明している。「ただし、これはあくまでも一つの比喩だ。リーダーが現場を知ること、従業員や納入業者や顧客と乖離しないことの比喩である。本社にある個室のオフィスから外に出て、現場に顔を出すためには、そして、日々の活動に忙殺されてこのような行動を取るのを忘れないようにするためには、強い自己規律が必要とされる」

 数年前、HBS教授のマイケル E. ポーターとニティン・ノーリアは、大企業のCEOたちのスケジュール帳を用いた研究を発表した。この研究により明らかになった重要な点の一つは、CEOが(顧客や投資家やその他の社外のステークホルダーではなく)社内の人物と接する時間が多いということだった。CEOたちは、勤務時間の半分近くを直属の部下と過ごしていて、さらに32%を上位100人のマネジャーたちと過ごしていたのだ。しかし、現場の従業員と接している時間は全体の6%にすぎなかった。

「CEOたちが現実世界から隔絶したバブルの中で活動し、自社の働き手たちが向き合っている世界を見ることがないという現実的なリスクに直面している」と、ポーターとノーリアは指摘している。このような状態に陥ると、CEOの「正統性と信頼性」が損なわれかねないのだ。