話すことで考える
物語はコミュニケーションツールであると同時に、戦略を練り、検証するための貴重なツールでもある。物事を言葉で説明することは、自分のためだけであったとしても、思考を構造化し、論理上の齟齬を明らかにする役に立つ。詩人で劇作家のハインリッヒ・フォン・クライストが1805年のエッセイで述べている。「食欲が食べることで生まれる」ように、「アイデアは話すことで生まれる」のだ。
ラディカル・オプショナリティを追求する場合、戦略的なアイデアを人に話すと、それを改善する道も開ける。話すことは、考えることの後に来るのではなく、考えるモードにしてくれるのである。戦略を口に出し、反応を確認し、聞き手と協働でアイデアを選別し、形にする作業は、戦略をテストし、磨く作業である。その意味で、相矛盾する可能性のある複数のストーリーを人に語ると、それによって生み出されるさまざまな反応を観察し、活用できるため、貴重なメリットがある。
「自分が何を考えているかは、自分の発する言葉を聞くまでわからない」というE. M. フォースターの有名な言葉があるが、「自分が何を考えているかは、自分の発した言葉に対する人々の反応を見るまでわからない」と言うこともできるだろう。
「話すことで考える」は、さまざまな説を「試着」しながら理解する方法として、社内で実践することができる。たとえば、ワークショップを行い、幹部が業界の異端児(既存企業のビジネスモデルに対抗する新興企業)の立場になって、自分のアイデアを成功させる方法を議論するなどだ。ワークショップのために筆者らが開発したこのようなイマジネーションゲームは、アイデアの検証や意識転換に有効である。
さらに、「話すことで考える」は、政治家が計画をマスコミにリークしたり、企業が試作品を披露したり、あるいはクラウドファンディングのプラットフォームで開発の進捗を発表したりするように、世間の反応を探る方法として、外向きにも活用できる。最近よく知られた例としては、ツイッターのCEOであるイーロン・マスクが、ツイッターブルーのサブスク料金についてプラットフォームユーザーと公開討論したことだろう。
新しい文化への移行
リーダーシップ分野の権威であり、ハーマンミラーの元CEOマックス・デプリーは、「リーダーの最初の任務は、現実を明らかにすることである」と述べている。企業のリーダーは、「物事に意味を見出す最高責任者」として、企業内で思考され語られることの方向性を示し、世界観を設定する。そのため、リーダーは、ラディカル・オプショナリティを実現するための意識転換やコミュニケーション手法の転換を主導する立場にもある。そこでリーダーには、以下のことが求められる。
・模範を示す: 新たな物語が生まれて、そのタイミングになった時には、自己矛盾を意に介さず、平然と複数の物語を語れなければならない。これは、事実や真実とされていることを捏造したり歪曲したりするように、けしかけているのではない。事実は両立するとは限らない多くの物語を裏づけうること、状況は変化し、我々の知識は進化することを認識しているのである。
・新たな規範をつくる: 「話すことで考える」を実現するためには、同僚たちと内容を相談する以前の不完全な「考えを試す」ことが、キャリアリスクにならない点を社員に納得させる必要がある。もちろん公の場で、考えている最中のことを口にすると、そのアイデアが受け入れられなかったり、最終的に実現できなかったりした場合の影響が大きいため、脱線防止策が必要である。
・安全な環境をつくる: さまざまな意見の衝突を促進し、活かすために、リーダーは遊びの場を作り、社員が安心して新しいアイデアやプロセス、やり方を試せるようにする必要がある。
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ラディカル・オプショナリティの世界で成功するためには、相反するような新しいビジネスモデルやオペレーティングモデルを試せる文化が必要である。そのためには、戦略がロードマップではなく、ポートフォリオであることを認識すべきである。 マネジャーは、複数の相反する物語を受け入れ、リアルタイムで戦略を立て、メッセージを考える必要がある。リーダーの課題は、社員がこのような新しい方法で考え、コミュニケーションできるように安全な組織をつくることである。
"Why Conflicting Ideas Can Make Your Strategy Stronger," HBR.org, May 31, 2023.