
旧来のマネジメント・マインドセット
バーンアウト(燃え尽き症候群)という昨今の問題を、ウェルネスアプリで解決しようという試みが一部の企業で行われている。しかし、それだけでこの問題を解決することなど、とうていできない。代わりに必要なのは、あらゆるマネジャーや組織がマインドセットと文化を変えることである。
「最大限の努力=最大限の結果」という等式は、パフォーマンスのピークをめぐる古い考え方だ。実際はそうならないものだが、いまだにこの等式を信じているマネジャーは多い。
彼らは「セルフケアを実践する」などと口ではうまいことを言うが、その根底には「痛みなくして得るものなし」「勇気なき者に栄光は訪れない」「110%の力を尽くせ」など、やる気を出させるために1980年代に流行ったダメなせりふを吐く人たちと同じような発想がある。
部下に週80時間以上の労働を要求する一方で、ストレス対策として金曜のヨガを勧めるマネジャーは、意図せずして有害な矛盾を生み出している。まさしく、心理学でいうところの「ダブルバインド」の典型例だ。従業員はそうした矛盾を指摘することができず、さらに「矛盾を指摘できない」という事実を指摘することもできない。
その結果、燃え尽き症候群の広がりを阻止しようとする多くの取り組みが、狙いは素晴らしくても、実際には機能しない。個人の頑張りすぎが疲労困憊の唯一の原因だと考えていては、見当違いな問題に取り組むことになるだけだ。
マッキンゼー・アンド・カンパニーのバーンアウトに関する研究は、次のように指摘している。「15カ国すべてにおいて、また評価の対象となったすべての側面で、職場での有害な行動が、燃え尽き症候群と退職の意思を占ううえで圧倒的に最大の予測因子だった」
この手の古いマインドセットは、高いパフォーマンスにつながらないだけでなく、有害性が燃え尽き症候群を生み、それがさらなる害を生むという負のスパイラルにつながってしまう。代わりに必要なのは、従業員の能力を最大限に引き出すための、データに基づいた新たなマネジメント・マインドセットだ。望ましいのは「最大限の努力=最大限の結果」ではなく、「最適な努力=最大限の結果」。つまり、努力を減らすことで、より多くの成功を手に入れることである。
新しいマネジメント・マインドセット
そこで効果を発揮するのが「85%ルール」だ。これは、最大限のアウトプットを得るためには、最大限の努力を控える必要がある、という直感に反するルールを指す。常に100%の力で努力していると、燃え尽き症候群に陥り、最適な結果を得られない。
たとえば、短距離走の選手がスタート直後から100%の力で走るよう指示されると、レース全体の記録は遅くなってしまう。オリンピックで9個の金メダルを獲得したカール・ルイスは、「痛みなくして得るものなし」という考え方はばかげていると語っている。「トレーニングは理にかなったものであるべきだ。多くの場合、痛みを感じるまで自分を追い込むよりも、休むことのほうが大切だ」
ルイスのコーチを務めたトム・テレズは、短距離レースで実力を発揮できる選手は、顎と顔、そして目をリラックスさせていると語っていた。「歯を食いしばってはいけません。歯を食いしばると、その緊張が首や体幹から脚に伝わってしまいますから」
部下の燃え尽きを防ぎ、チームの成果を上げる方法
「今日の仕事はここまで」という時間を設定する
可能であれば、マネジャーは「今日はここまで」と仕事を切り上げる時間を設定すべきだ。勤務時間について曖昧な態度を取っていると、決断疲れや成果の減少につながったり、従業員からマイナスの評価を受けたりするリスクが生じる。
有害なマネジャーは、その日の仕事を強制的に切り上げさせる、合理的なタイミングを設定するのは不可能だと考える。ある同僚は、上司から「夕食の時間に帰宅して家族と食卓を囲みたいなら、ここでは出世できない」と、はっきり告げられたという。
一方、取引型マネジャーは、仕事を切り上げる時間を設定することを必要悪と見なしている。彼らは「設定しなければならないから、やるしかない」と、不本意ながらも従業員に時間を守らせようとする。
これに対し、変革型マネジャーは、従業員に適切なタイミングで仕事を切り上げるよう強く求める。たとえば、あるプライベートエクイティファームで、好印象を与えたい新入社員が遅くまで会社に残っていたことがあった。彼は過去に働いてきた会社で、人一倍の努力をすることで称賛されると学んできていた。だが、今回の会社と今回の上司は違った。他の社員が退社しても、彼がまだデスクに残っているのを見た上司は、「どうして、まだ残っているんだ」と尋ねた。「この会社では、緊急事態でない限り残業はしない。明日の朝、フレッシュな気分でいてほしいから、もう帰ってください」
最大限を少し下回る、無理のない努力を求める
努力と疲労は、パフォーマンスの質について混乱を引き起こす要因だ。自分が最大限の努力をしていると認識していると、それが実際に最大の結果をもたらすと勘違いしてしまう。しかし実際には、最大限の努力と最高のパフォーマンスは必ずしもイコールではない。マネジャーはこの点を利用して、チームメンバーに対し、彼らの感じる最大限のキャパシティをやや下回る程度の努力をするよう促すといい。
従業員がこの絶妙なバランスを見つけ、それを維持できるようサポートするために、マネジャーは「100%の力で取り組むのは、どのような状態ですか」と問いかけ、そのうえで「どうしたら、それを85%のレベルに近づけられますか」と尋ねよう。この知覚的な労作レベルという考え方は、潜在的な(あるいは隠れた)疲労を予防するためにリハビリで使われる概念だが、マネジャーが従業員に労力の絶妙なバランスを維持させる目的でも使用できる(下図参照)。