
陰湿な報復が職場に与える多大な影響
多くの人は、教科書や人事規定に記されている「報復」の定義をよく理解している。上司や会社の方針に懸念を表明したり、正式な手続きを利用して異議を申し立てたらクビになった、というような、あからさまな報復はたしかに存在する。だが、仕事の現場では、より巧妙な形で行われている報復を目にすることも多い。それは、職場で軽視されたり、無視されたりといったものだ。巧妙な形で(多くの場合、暗黙のうちに)行われる報復は、ターゲットとなった人物のキャリアを台無しにし、自己肯定感を下げ、チームワークにもダメージを与える。
「私はよく報復をするタイプのリーダーだ」と、認める人はまずいない。だが、職場では日常的に報復が起きている。報復とは、明白かつ思い切った行為だとリーダーが考えていると、もっと巧妙な報復(それがもたらす結果は同じだ)を見落とすことになる。自分自身や他人がこうした行為をしていることにリーダーが気がつかなければ、部下やチーム、そして組織全体に短期的・長期的な弊害をもたらす可能性がある。基本的に心理的安全が確保されていて、イノベーションが盛んで、チームワークを図りやすい文化を構築するためには、陰で起こっている報復に注意を払う必要がある。
報復の実態
米国では、2020年に政府の雇用機会均等委員会(EEOC)に起こされた訴えの55.8%に、従業員への報復が挙げられている。しかもこれは通報されたケースにすぎない。報復を通報することは、その人物の経済的安定や昇進や評判を危険にさらすおそれがある。また、通報に要する時間とエネルギーは、多くの人に通報を思い留まらせる原因となっている。
最も一般的な報復は、上司の具体的な措置を伴わないこともある。こうした陰湿な(秘密裏に行われることもある)報復は著しく有害といえる。何年も発覚せず、名前も挙げられず、報告もされないまま続く可能性があるからだ。しかもターゲットとなった人物だけでなく、それを目撃した仲間の信頼感や創造性、生産性にもダメージを与え、いじめの文化を定着させるおそれがある。
米ビラノバ大学の准教授のマヌエラ・プリーズマスは、「上司が虐待を続ける有害な職場は、もう終わりにしよう」という記事で、いじめと報復の文化が「組織全体に広がり、虐待の風潮を生む」と書いている。「従業員はマネジャーを頼りにし、マネジャーから学ぶので、この種の対人的な虐待がこの会社では許されるととらえるようになる」
本稿では、筆者らがリーダーらにコーチングする中で発見した陰湿な報復の具体例を5つ紹介しよう。
・コーチング、フィードバック、専門能力開発の機会を与えない。
・プロジェクトや部門に十分な予算や人材を与えない。
・わざと難しいタスクを与えて、サポートはほとんどしないか、失敗することが確実な難しいタスクを与える。
・いじめのターゲットの人物の意見や専門性、貢献に耳を傾けないか、評価しないように仕向ける。
・重要な会議から排除したり、職務に不可欠な情報を与えない。
大手小売企業のCEOを10年以上務めたマーク*は、報復的な人物として知られていた。マークの引退後、新CEOが従来の経営幹部と協力関係を築く中で、マークがいなくなっただけでは、従業員の不安が消えないことがすぐに明らかになった。もうマークはいないのに、社内には明らかに不安な空気が漂っていたのだ。
かつてはマークと意見が対立すると、もはや昇進は望めなかったと、複数のリーダーが語った。「誰かの意見に不満を抱くと、マークははっきり顔に出しました。するとマークは、その人物の名前を昇進リストから抹消します。そうなれば一巻の終わりだと、みんな知っていました。だから身動きが取れなくなったのです」。マークの報復は、職場で立場がなくなるとか、排除されるといった、目に見えにくい形を取った。それが組織に与えた影響は大きかった。イノベーションが滞り、企業文化がダメージを受け、ビジネスは停滞した。
ジュリアは中堅テクノロジー企業のCFOだ。彼女の担当部門から敵対的な職場環境だという苦情が上がっていることを伝えると、ジュリアは、それが何年も前から続いていることは知っていたが、対策を講じてこなかったと認めた。それどころか、問題があっても人事部に相談するのはやめてほしいと、みずからチームに言い聞かせていた。「みんな仕事に集中してほしい。部下たちの子どもじみた行動になぜ私が対処しなくてはいけないのかしら」と、彼女は同僚にこぼした。
さらにジュリアは、不満を口にした部下については、仕事の遂行に必要な情報や文書へのアクセス権を奪った。また、そのような部下からのメールにはすぐに返信するのをやめ、それによりプロジェクトの進行が遅れて、その部下が周囲から「仕事ができない人」と見なされるよう仕向けた。こうした行動について質問されたジュリアは、「クビにしていないのだから、報復にはならない」と答えた。相手に大きな影響を与える陰湿な報復をしているのに、自覚がないリーダーは少なくない。報復行為とは解雇のことだと、狭く定義しているからだ。
ロンは、ある病院の救急室で主任看護師を15年間務めてきて、翌年にも大きな昇進があると有力視されていた。病院の経営幹部は、ロンの伝統的な厳しい管理手法を高く評価していたが、救急室のスタッフの気持ちは違った。「ロンのしゃくに障るようなこと、たとえば何かに懸念を表明したり、何らかの物資の在庫が減っていると指摘したりすると、その人物のあらゆる言動に厳しい目が向けられることになる。ロンは意見されることが大嫌いなのだ。マスクや手袋の在庫といった事務的なことでさえ、耐えられない」と、あるシフトリーダーは語った。この場合、組織文化に与えるダメージや、あら探しがもたらす混乱は、救急室の運営だけでなく、患者の生命にも関わる問題を引き起こす。