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サステナビリティを軽視する貪欲な人が、本当に成果を出しているといえるのか
──前回の記事:なぜユニリーバはサステナビリティと株価を同時に追求できたのか(連載第8回)
──第1回はこちら
もう1つの前提となる考え方は、完全市場に関するものだ。市場が完全に機能しているとき、その市場は外部の影響を一切受けず、買い手と売り手の間に情報の不均衡は存在せず、企業は政策決定過程に関与できず、政策・価格・規制に影響力を及ぼせないとする考え方である。何十年もの間広く信じられてきたこの前提は、間違いであると明らかになっている。そして、市場を間違って理解することのコストは日々増大している。
地球環境の劣化はすでに制御不能になっているし、社会経済的背景の差から生ずる機会不均等にはずっと手を焼いている。富裕層と貧困層の賃金格差も増える一方だ。心血管疾患や糖尿病といった慢性疾患も蔓延し続けている──。こうした問題はビジネスと無関係ではない。それを無関係だと仮定したことがそもそも間違いだったのだ。
現在、世界中で排出される温室効果ガスのうち、何らかの形で価格が設定されているのはざっと20%に過ぎない(世界共通の二酸化炭素税は存在しない)。そして、企業は我々の統治システムに対してとてつもない影響力を実際に持っている。石油・ガス会社はエネルギー価格に影響力を持ち、金融サービス企業は銀行規則に、製薬会社は薬価に、影響力を持つ。つい最近まで、少なくとも米国においては、汚いカネを使うことからキャンペーン資金付きの問題提起まで、さまざまな方法で企業が人々の意向とは無関係に政策決定過程に影響をふるうことができたのは間違いない。
さらに、古い考え方の大きな問題点だと私が思うのは、企業に関与できる人間が2種類しかいないという前提だ。すなわち、企業を指揮するCEOと、利益を求める投資家である。これはあまりにも単純すぎる世界観だ。現実には、大半の人がCEOではないにもかかわらず、企業の向かわんとする方向に強い関心を抱いている。人はCEOでなくても、あらゆる職位でビジネスの世界に身を投じる。その理由は、私の教え子たちのように、世界を変えられると思うからであり、市場に価値を提供できるからであり、自分の価値観に従って生きるためである。
残念なことに、こうした古い前提の負の遺産のせいで、目の前の利益より大きなものを大事に考える人々は、自分が軟弱に見えるのではないかとか、市場の現実に正面から取り組む気がないように思われるのではないか、と悩むことになる。学生や新卒者と話していると、常にそれを感じる。ある教え子は私にこう話した。彼女は現在、極めて業績の良い会社で働いているのだが、会社がもっと効果的に世界を変えていくにはどうすればいいか、世の中にとって良い製品をつくるにはどうすべきか、大きな社会問題を念頭に顧客に助言するにはどうすればいいか、といったテーマを持ち出すことを躊躇してしまうと言うのだ。自分が「まともな」モチベーションで動いていないと見られるのが怖いからだ。
彼女はそうした気持ちに負けないよう努力はしているが、それでも映画『ウォール街』でマイケル・ダグラスが演じたゴードン・ゲッコー(「貪欲は善」と信じるカネに汚いキャラクター)のように振る舞うことを周囲に求められていると感じてしまう。それ以外のことに気を逸らすのを自分に許すと、競争に負けてしまうように思うのだ。彼女からその話を聞いたとき、私はあえて反論しなかった。そして、善行をしたいという彼女の努力を貶めるような人は、社内で最も活躍している人たちなのか、彼女が尊敬できる人たちなのか、と聞いてみた。
彼女はその点についてじっくり考え、私も同じことを考えてみた。そして2人とも同じ結論に至った。上記のような考え方を口にする人、仕事を通して社会を良くしようと考える他人を馬鹿にする人、ただ貪欲さだけが仕事のモチベーションに見える人──そういう人たちが、組織内で最高の結果を出している人であるケースはまずほとんどない、と。自分がお手本にしたいと思える人たちではないし、一緒に仕事をすることで自分が最高の成果を出せる人たちでもない、と。
であれば、問題の本質は〝フワフワしたテーマ〟を無視すること、そうしたテーマに関心を持つのをやめて、社会に与える影響を心配しないようにすることではない。そうではなく、そうした問題を〝企業活動によって解決策を提供できる大きな課題〟へと変えていくことなのだ。
ダイバーシティ問題を「口先だけのお題目」として扱うのではなく、実際にビジネス上の付加価値を生み出すために活用するにはどうすればいいのか。環境への懸念、確固たる倫理観といったテーマを、乗り越えるべき障害物ではなく、新製品・新市場を通した成長のチャンスへと変えるにはどうすればいいのか。
こうした設問は、パーパスと利益の交差する点を考えるうえで極めて重要であり、その解答がビジネスを生み出したり破壊したりすることになるだろう。本書第2章以降で私は、こうした設問が「今のこの世界で役立つためには、企業がどのような役割を果たすべきなのか」というテーマの核心に迫る問いかけであると示すつもりだ。
『PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』
[著者]ジョージ・セラフェイム [訳者]倉田幸信
[内容紹介]
企業の善行と利益は両立する--企業がよいインパクトを社会に与えるための戦術的方法や、こうした社会的変化によって可能になった価値創造の6つの原型、これからの投資家の役割など、ロードマップとベストプラクティスを提示。ESG投資の世界的権威、ハーバード・ビジネス・スクール教授が示す未来への道。
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