3. 従業員の価値観と会社のビジョンをすり合わせる

 従業員は、自分の価値観と合った会社で働きたいと思うものだ。その前提として、企業の最高幹部たちには、自社の価値観をわかりやすく示し、自社の行動をその価値観に沿ったものにする責任がある。

 最終目標と、途中段階の到達目標、そして成功の度合いを判断するための指標が明確に示されれば、従業員は会社のミッションに共感し、そのミッションを達成するために自分が果たすべき役割を理解しやすくなる。筆者らの研究によると、従業員が会社から大切にされていると感じ、会社のビジョンの実現を目指すうえで自分が欠かせない存在だと思えるようにすることは、売上高を増やす強力な要因になる。ところが、実際には、そのように感じている従業員は36%にすぎない。

 人々の体験を重んじる文化を持っている企業は、社内の従業員体験と顧客体験の間に本質的な関連があることを理解している。たとえば、民泊仲介大手のエアビーアンドビーは2013年、米国の主要企業で初めて従業員体験責任者という役職を設けた。「文化とは、みんなで情熱を持って物事を行うための手段である」と、同社CEOのブライアン・チェスキーは、ブログサービス「ミディアム」に「文化をめちゃくちゃにしてはならない」と題した文章を投稿して述べている。「文化が強力であればあるほど、業務プロセスを定める必要性は小さくなる。強力な文化があれば、誰もが適切な行動を取るだろうと信じることができるからだ」

 従業員と会社の価値観が一致していることは、強力な文化を構成する重要な要素の一つだ。エアビーアンドビーの場合、価値観のすり合わせは、働き手が会社に加わるより前の段階で始まる。同社の採用プロセスでは、採用担当以外のチームメンバーにより2度の「中核的価値観面接」が行われる。これは、採用しようとしている役職の具体的なニーズと切り離して、候補者と自社の文化の相性を評価することが目的だ。

4. 成功を評価する

 アクティビストで慈善活動家のリン・トゥイストいわく、「あなたがあるものを大切にすればするほど、そのものの価値は高まっていく」。従業員を評価することは、従業員のエンゲージメントを高めるうえで最も費用対効果のよい方法といえるかもしれない。エンゲージメントが高まれば、従業員の会社への忠誠度が上昇し、退職率が低下し、生産性が向上するという波及効果が期待できる。従業員エンゲージメント関連のソリューションを提供しているクオンタム・ワークプレースによると、自分の成功を評価してもらえると感じている働き手は、そうでない働き手に比べて、高いエンゲージメントを抱く確率が2.7倍に上るという。

 言うまでもなく、従業員を適切に評価するためには、ただ単に称賛するだけでは十分でない。従業員の素質を見極めて育成し、その人物が成長するために必要なスキルを習得させることも不可欠だ。たとえば、食品・日用品大手のユニリーバは、全社を対象とするリーダー育成プログラムを開設した。リーダー育成のためのワークショップでは、一人ひとりの参加者が自分だけの「未来フィットプラン」と呼ばれる計画をつくり、本人にとって重要で、しかも会社の目標に沿ったパーパスを定める。この取り組みには効果があった。ワークショップに参加した人の92%は、期待されている以上の努力を払うつもりだと回答したのに対し、ワークショップに参加していない人の場合、同様の思いを抱いている人は33%にすぎなかった。

5. シームレスなテクノロジーの導入で、従業員の日々のストレスを減らす

 企業幹部は、パフォーマンス、生産性、コストに関わる問題を解決することを目的にテクノロジーを導入するが、その際に自社のインフラ、既存のプロセス、ワークフローに及ぶ影響をあまり考慮していない場合が極めて多い。エンジニアで経営コンサルタントのW. エドワーズ・デミングは、40年近く前にこう述べている。「失敗の原因の85%は働き手ではなく、システムやプロセスの欠陥にある。もっと質の高い仕事をしろと働き手に発破をかけるより、プロセスを変更することがマネジャーの仕事である」

 従業員がよく抱く不満の一つは、業務を行うためにあまりに大量のアプリケーションを使い分けなくてはならないことだ。企業は平均すると1000以上のアプリケーションを使用していて、そのうち統合されている(相互に連携している)ものは29%にすぎない。

 テクノロジーは、それ自体が目的ではない。それはあくまでも、生産性を向上させ、労力を減らすための道具だ。ところが、筆者らの調査によると、テクノロジーは、従業員体験の構成要素の中でもとりわけ従業員の満足度が低い要素の一つだ。自社のテクノロジーが有効に機能していると考えている働き手は3人に1人に満たず、自分たちがシームレスなテクノロジーを提供されていると答えた働き手の割合は、4人に1人を下回る。この認識は、最高幹部でも大きく変わらない。自社が従業員に有効なテクノロジーを用意していると考える企業幹部は、52%に留まっている。

 あなたは顧客に対して、注文を行うだけのために、コンピュータの画面上でいくつものウインドーを開いて、それらの間を行き来しながら作業することを要求するだろうか。おそらく、そのようなことはしないだろう。ほとんどの企業は、顧客体験からこのようなフリクション(摩擦)を取り除くよう真剣に努力するだろう。しかし、従業員が業務で用いるシステムが統合されていなければ、同様のことを従業員に日々求めていることになる。その結果として、従業員の満足度が低下し、従業員体験はお粗末なものになってしまう。

 したがって、顧客体験と従業員体験の両方に等しくリソースを割くべきなのである。せっかく顧客の時間を節約することに成功しても、それと引き換えに従業員の負担が増えるようでは、恩恵はほとんど、もしくはまったく生まれない。

従業員体験を活性化させる

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックと大退職時代(グレート・レジグネーション)の到来をきっかけに、働き手は物事の優先順位を再検討し、その優先順位に従って行動する傾向が強まった。そうした状況を受けて、企業は「企業にとって最も価値ある資源は人材である」と再認識し始めた。

 大退職時代は、人材の大量流出に関してリーダーたちが警戒すべき状況を生み出しただけではない。大退職時代は、企業にとって成長と競争力獲得の機会ももたらす。ただし、その機会を活かすためには、本稿で取り上げた5つの要素を重んじることにより、顧客体験と従業員体験のバランスを取ることが不可欠だ。

 この5つの要素は互いに関連している。それぞれが互いに補強し合うことを通じて、より強力な従業員体験を築き、新しい価値を生み出すのだ。幸せな働き手は幸せな顧客を生む。そして、この両者のつながりをマネジメントできれば、リーダーと投資家も幸せになれるはずだ。


"5 Factors That Make for a Great Employee Experience," HBR.org, July 11, 2023.