50年前であれば、私たちは近所の人や親戚のアドバイスだけを頼りに、キャリアを選択していたかもしれない。そして、そのような選択を悔いることもほとんどなかっただろう。しかし、今日は違う。キャリアに関して途方もない量のアドバイスが(本稿も含めて)あふれている。キャリアを考える際に私たちが利用できる情報や機会、業界予測も膨大である。

 その結果、複雑性が過度に高まり、行動経済学者たちが言うところの「選択のパラドックス」が生まれている。選択肢が増えれば増えるほど、自分の下した選択に満足しにくくなったり、自信を持って選択することが難しくなったりするのだ(この点は、ニューヨーク大学スターンスクール・オブ・ビジネスの教授、スコット・ギャロウェイも著書で指摘している通りだ)。

 その点、好ましい人的ネットワークを活用して、自分の潜在能力を理解してくれているメンター、支援者、同僚を厳選し、そうした人たちの指摘に耳を傾け、その言葉を適切に受け止めることができれば、行動のプランを確立するうえで役に立つだろう。

 また、キャリアの転換を成功させる土台となる普遍的要素もいくつか明らかになっている。それをチェックリストのように用いて、自分がキャリアの転換に成功する確率を検討してもよいだろう。

 キャリアの転換に関するモデルのほとんどは、個人レベルの要素に重きを置いている。コントロール(control)、好奇心(curiosity)、コミットメント(commitment)、自信(confidence)、不安(concern)の「5Cモデル」は、その典型だ。

 この5Cモデルという名称から明らかなように、みずからの仕事やキャリアを強くコントロールしていること、当たり前ではない選択肢も含め、外部の選択肢を探索しようとする好奇心を強く持っていること、自分を変えることに強いコミットメントを抱いていること、自分の能力への自信と改善すべき点についての不安を健全にミックスさせていればいることが重要だ。これらに合致する人ほど、キャリアの転換に成功しやすいと考える。反対に、これらの要素のいずれかが欠けていれば、キャリアの転換は難しくなるという。

 加えて、自己評価の出発点として、以下のいくつかのシンプルな問いを検討するのもよいだろう。それを通じて、自分のニーズを検討する際の方向性が見えてくるかもしれない。

キャリアの転換を検討する際の問い

・現在、あるいは過去の仕事について、一番好きな点は何か。

・どのような職やキャリアをとりわけ魅力的、もしくは興味深いと思うか。成功していると思うのは、どのような職やキャリアの人物か。

・私はどのようなスキルを持っていると見なされているのか。人々はどのような指標(資格、行動、経験など)に基づいて、そのスキルの有無を評価しているのか。

・私がこれまで成し遂げてきたことの中で、ほかの人たちに最も強い印象を与えられる要素は何か(独特で達成困難な成果を挙げよう)。

・向こう3~5年の間に習得したいスキルは何か。

・現在、あるいは過去の仕事について、一番嫌いな点は何か。

・どのような職やキャリアを退屈でつまらないと思うか。

・私の持っているスキルや関心が必要とされる新しい職やキャリアには、どのようなものがあるか。

・私が共感するのは、どのような組織文化か。私の価値観やスタイルや嗜好に適した文化は、どのようなものか。

・現在と引退までの間に3つの異なるキャリアを経験できるとした場合、(障害や制約がなく、適性の面でも問題がないとして)私はどのようなキャリアを選ぶか。

 さまざまな選択肢を検討する際は、以上の問いを念頭に置こう。

 そして、問いに対する回答を、親しい友人や専門家、同僚に聞いてもらおう。生成AI(人工知能)を活用して、点検し、調査し、事実を明らかにするのもよいだろう。さらには、あなたのことをよく知っている人に、どう思うか尋ねてみるとよい。あなた自身よりも、まわりの人たちのほうがあなたのことをよく理解しているケースも珍しくない。

 言うまでもなく、キャリアの転換に乗り出すことは一つの賭けだ。そして、あらゆる賭けがそうであるように、その賭けがうまくいくかどうかは、未来にならないとわからない。私たちにできる最善のことは、しっかり知識を得たうえで判断を下すことだ。

 どのような動機によりキャリアの転換を目指すのか(特に職業上の自己とアイデンティティをどのように変えたいのか)を明確にし、自分のスキルと関心と性格に照らしてさまざまな選択肢のメリットとデメリットを精査しよう。制約なしにいろいろなことを試したいという思いと、戦略的に絞り込みを行うこととの間で、適切なバランスを見出すことが重要だ。

 そして、自分の選択がもたらした結果を分析する際は、率直に検討することを忘れてはならない。以上のことを実践すれば、常に前進し、自分の能力を育み続けることができる。

 重要なのは、過ちを賢明な失敗に転換することだ。それにより、未来の就職活動で有利な材料を増やし、キャリアで成功を収める確率を高めていけばよい。進歩のプロセスは、一直線に進むものではないのだから。


"What to Ask Yourself Before a Career Pivot," HBR.org, August 07, 2023.