企業が生き残るのに「グッド」で十分な時代は終わった
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サマリー:なぜ、トップの強い思いは伝わらないのか。なぜ、現場の危機感は共有されないのか。組織が変われない理由はさまざまであるが、その根源には「人間の性質」に根差す問題がある。リーダーシップ論、組織行動論の大家で... もっと見るあり、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のジョン P. コッター教授とコッター社のメンバーによる最新刊『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(ダイヤモンド社、2022年)が日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門 優秀賞を受賞したことを記念し、本書から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。第5回は、シュンペーターの述べる純粋な「創造的破壊」にすべてを頼るのは非現実的であることをひも解きつつ、変化に成功している企業はどのようなものかについて述べる。 閉じる

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純粋な「創造的破壊」にすべてを任せるのは、非現実的である

 今日の世界には、想像もしたくないくらい過酷な生活を余儀なくされている人が何十億人もいる。深刻さを増すばかりの環境危機は、私たちの子どもや孫の世代に壊滅的なダメージを生み出しかねない。新しいテクノロジーが邪悪な人物の手に渡ったり、不適切な目的で用いられたりすれば、おぞましい結果が生まれる可能性がある。恐ろしいスピードで生物兵器が拡散している恐れもある。豊かな国々でも、不公正と不平等が増大し、民主主義の存続が危ぶまれる状況になっている。

 このような世界では、目を見張る変化がもっとたくさん必要だ。そして、そのような変化を起こすことは不可能ではない。

 しかし、変化への期待はしばしば裏切られてきた。悲観的になったり、冷笑的になったりしている人もいるだろう。けれども、さまざまな学術研究、とりわけ変化を起こすことに成功した実例を見ると、楽観論をいだくべき根拠がたくさん見つかる。

 変革に成功している企業は、大胆な新しい戦略を迅速に、そして(つまみ食いするのではなく)全面的に導入している。そのような企業では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が事業活動を混乱させたり、莫大なコストを費やしたり、永遠とも感じられるほど膨大な時間を要したりすることはない。リストラクチャリングにより、生産性や社員の士気やイノベーションが損なわれることがなく、むしろ効率が高まっている。

 M&Aのあとの組織統合が素早く円滑に進展し、思考様式の衝突が起こらず、それに伴うさまざまな問題が発生することが避けられている。そして、これが最も難しい点かもしれないが、組織文化に真の変革を起こすことを通じて、それまでよりもはるかに明るい未来を実現している。

 一方、偉大な経済学者であるジョセフ・シュンペーターを源流とする考え方によれば、変革を実現するためには、本書で示したよりも優れた方法があるとされる。それは、「創造的破壊」と呼ばれるものだ。たとえば、政府が古い大企業を保護するのをやめて、起業家が活動しやすい環境をつくれば、変化に適応できない恐竜のような巨大企業が滅び、イノベーション精神に富んだ若い企業がそれに取って代わるという。

 この考え方に従えば、変化の遅い企業や世界の現実に鈍感な企業にアジリティ(機敏性)の重要性を説く必要はない。変化についていけない企業は、そのまま滅びるに任せておけばいい、というわけだ。

 今日の世界で創造的破壊が起きていることは間違いない。しかし、一部の人たちが言うような純粋な形では起きていない。純粋な創造的破壊のプロセスを提唱するのは現実離れしている。企業の誕生と死がひっきりなしに繰り返されれば、資本市場や製品市場はもちろん、労働市場も大混乱をきたすだろう。

 企業の淘汰により職を失った膨大な数の人たちを短期間で次の職に就かせるというのは、あまりに非現実的だ。それまでとはまったく異なるスキルが要求される職しかなかったり、遠くの土地に、場合によっては遠く離れた国にしか次の職が見つからなかったりする場合もあるだろう。

 しかも、失業率がある程度以上高くなれば、個々の働き手や家族が大きな痛みを味わうだけでは済まない。資本主義と民主主義への信頼が損なわれる可能性がある。そのような状況で信頼を失わない政治形態や経済システムはないだろう。