「生存チャネル」が過熱すると、人は身動きが取れなくなる
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サマリー:なぜ、トップの強い思いは伝わらないのか。なぜ、現場の危機感は共有されないのか。組織が変われない理由はさまざまであるが、その根源には「人間の性質」に根差す問題がある。リーダーシップ論、組織行動論の大家で... もっと見るあり、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のジョン P. コッター教授とコッター社のメンバーによる最新刊『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(ダイヤモンド社、2022年)が日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門 優秀賞を受賞したことを記念し、本書から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。第7回は、脅威を察知する「生存チャネル」が、現代の複雑な環境においては過熱しすぎることで、かえって身動きが取れなくなる状況を概説する。 閉じる

──前回の記事:人間には脅威を察知し、取り除こうとする本能がある(連載第6回)
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現代の複雑な環境では「生存チャネル」が働きすぎてしまう

 前回まで述べてきたように、人間には太古の昔から「生存チャネル」というべきメカニズムが備わっており、常に脅威に神経を研ぎ澄ましてきた(詳しくは書籍『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』を参照)。

 一方、今日の世界で生存チャネルが対処するのは、複雑な現代社会で生きていくためのもっとややこしい問題である場合が多い。

 たとえば、職場の同僚のひとりが気掛かりなことを報告する。商品の出荷が遅れて、大口顧客が激怒しているというのだ。すると、脳内のレーダーが脅威を察知し、脳内化学物質が放出されて心拍数が上がり、ほかの問題にはいっさい意識がいかなくなる。そして、大慌てで電話会議やビデオ会議を始めたり、オフィスの会議室に集まったりする。

 みんなで頭を寄せ合って問題の原因を探り、問題を解決して顧客の怒りを和らげるためにどうすべきかを検討する。メンバーのひとりひとりがなんらかの役割を引き受け、自分に課せられた課題に向き合う。緊迫の24時間を送ったのち、問題が解決したとの報告を受ける。幸い、顧客も迅速な対応を評価してくれたようだ。

 生存チャネルは、人間の性質に備わった強力なメカニズムだ。過去何百万年の間に、ほかの数知れない生物の種と違って人類が絶滅せずに済んだ最大の要因は、このメカニズムだったと言ってもいいだろう。

 しかし、私たちの脳がそのように進化した太古の時代は、いまの世界とはまるで環境が違った。もちろん、いまでも自分の身に脅威が迫れば、生存チャネルのおかげで生き延びられるケースはあるが、私たちを取り巻く環境が大きく変わり、生存チャネルが有効に機能する場合ばかりではなくなっている。

 現代社会では、脅威がきわめて手ごわかったり、脅威を素早く回避もしくは除去する現実的な手立てがなかったりする場合、生存チャネルが活性化して緊張が高まった状態が長引きかねない。そうすると、コルチゾールなどの脳内化学物質がさらに放出されて、人は強い警戒状態に置かれることになる。

 こうした状態が続くと、エネルギーが枯渇し、次第にストレスが高まってくる。一度に複数の脅威にさらされたり、取り除けない脅威に直面したりして、生存チャネルがあまりに過熱すると、人は疲弊し、動転して、そもそもこのメカニズムが対処するべき問題にもうまく対処できなくなる。そして、思考が堂々巡りの状態に陥ったり、殻にこもったり、身動きが取れなくなったりしかねない。

 この状態になると、チャンスに気づいたり、冷静に、そして創造的に物事を考えたりする能力が低下する場合が多い。ましてや、あらゆる機会を逃さず、素早く行動を変えることはきわめて難しい。また、言うまでもなく、自分自身がほとんど機能できていない状態で、ほかの人たちに対してチャンスを生かすよう促すことなどできるはずがない。

 変化の激しい世界で脅威と機会の両方が増大するなか、生存チャネルが過熱するケースは珍しくない。それは、脅威と認識されるものがあまりに多いことが原因の場合もあれば、数々の障害によりひとつの脅威を取り除くことすらできないことが原因の場合もある。