生存チャネルは、繁栄チャネルをあっさり抑え込んでしまう

 たとえば、昔に比べてデータの入手と活用が容易になったおかげで、信頼性の高い情報を得やすくなったことは間違いない。それが新しいチャンスを見いだす助けになる場合も多い。しかし、データや指標がひっきりなしに流れてくれば、生存チャネルが簡単に過熱しかねない。ひとつひとつのデータがなんらかの問題を示唆している可能性があるからだ。この点については別の章で論じる(詳しくは書籍『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』を参照)。

 1日24時間・週7日、つねにつながることが当たり前になったことも、この状況に拍車をかけている可能性がある。早朝の4時にメールが届いたり、朝のコーヒーの時間に思いがけずテキストメッセージが飛び込んできたりすれば、私たちの脳は(実際にはそうでなくても)それを危機ととらえても不思議ではない。

 ソーシャルメディアも生存チャネルを活性化させる要因になりうる。この種のサービスは、自分と他人を比較して劣等感をいだかせる力が途方もなく強いからだ。ソーシャルメディアはますます私たちの生活の多くの領域に入り込むようになり、恩恵をもたらす一方で、思わぬ問題も生み出している。

 新型コロナ危機が私生活と職業生活にもたらした脅威も、生存チャネルのレーダーの警戒状態を高めている。夜のニュース番組では、自分や家族の健康、仕事、世界経済に関して不確実な状況が長期化することを予感させるニュースが日々報じられているように思える。しかも、その種のニュースが入ってくる頻度は高まる一方に感じられる。

 世界のニュースが届きやすくなったことも、私たちの不安を増幅させている。遠くの国で起きたテロ攻撃やほかの大陸で発生した自然災害は、合理的に考えると私たちにただちに脅威を及ぼすものではないかもしれない。しかし、人間の生存チャネルは、合理的な判断に基づいて作動するものではないのだ。

 しかも、私たちは、生存チャネルが認識した「脅威」の多くをほとんど、もしくはまったくコントロールできない。以上の要因すべてが相まって、生存チャネルが過熱しやすい状況が生まれているのである。

 私たちは、生存チャネルが過度に活性化されることの弊害をうんざりするほど目の当たりにしている。そのため、生存モードから脱却する必要があると考える人たちもいる。「私たちは、生存モードから繁栄モードへ転換しつつあるんです!」などと言う人も多い。こうしたことを述べる人は、「すごいでしょ?」と言わんばかりだ。

 しかし、実は、生存チャネルが適切に機能していれば、繁栄チャネルは活性化しやすい。

 生存チャネルの活性化が過剰でも過小でもなく、目の前の問題に対する有効な反応のパターンをいくつももっていれば、心がかき乱されて消耗することもなければ、エネルギーが枯渇して大きなダメージを被ることもない。その結果、胸躍るような機会が目にとまりやすくなり、そうした機会を追求する意欲と支援と能力があれば、途方もない努力を払わなくても繁栄チャネルを活性化させることができる。

 歴史上の偉大なリーダーたちについて書かれた文献などを読めば、こうしたことが具体的にどのように実現するかがよくわかる。傑出したリーダーは、みずからの生存チャネルを活性化させ続けるが、そのモードに支配されることはなく、自分とほかの人たちの繁栄チャネルを活性化させることに長けている場合が多いのだ。

 一方、この数十年間、圧倒的な存在感を誇るリーダーをもたない組織が大掛かりな変革を成し遂げる方法についても多くのことがわかってきた。ここで重要なのは「導く」という要素だ。マネジメントだけでなく、リーダーシップが大きな意味をもつのである。本書では、このような研究成果と現実の成功例を紹介していく。

『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』

[著者]ジョン・P・コッター、バネッサ・アクタル、ガウラブ・グプタ 
[訳者]池村千秋
[内容紹介]
リーダーシップ論、組織行動論の大家、ジョン P. コッター教授、待望の最新刊がついに発売! なぜ、トップの強い思いは伝わらないのか? なぜ、現場の危機感は共有されないのか? 組織変革の成否を左右する「人間の性質」に迫る。

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