交渉のプロセスに精通する

 給与交渉の多くは(すべてではないが)、企業が内定を出した後に行われる。しかし、自分は給与範囲の最上位であるはずだと思うなら、プロセスの初期段階で給与の希望を伝えるのもよいだろうとバックマスターは言う。たとえば次のように伝えることもできる。「オファーを楽しみにしています。貴社の給与範囲において、XYZ社でこの仕事をしてきた重要な経験と一致する給与でスタートできることを信じています」

 通常は企業がオファーを提示した後、それ以上の交渉をする余地はかなり限られる。したがって、賢くアピールすることが必要だとバックマスターは助言する。「話を何回も戻さないことです。入社時にあなたの評価に影響するかもしれません。一緒に働きにくい人だと思われたくはないでしょう」。簡潔に、明瞭に、筋の通った主張をすることだ。「たいていの企業は、入社するすべての人と個別の条件で複雑な交渉をしたくはない」

主張すべきことを主張する

 より高い給与を求める交渉では、自分にそれ以上の価値がある理由を明確に説明する必要がある。あなたの差別化要因、つまり、会社のニーズに合った経歴、スキルセット、特別な能力を強調すべきだとメドベックは助言する。もちろん、採用プロセスで過去の実績はすでに説明しているだろう。今度は、あなたが将来どのような付加価値を生み出すのか、そして、それをどのように給与に反映させるべきかを話す時だ。

 会社が新たな収益を生み、コストを削減し、人材を獲得し、また新しい市場に参入するために、あなたがどのように貢献できるか詳細に示すことをメドベックは提案する。「具体的に何をするのか、自分の役割と責任について具体的に話しましょう」。あなたが会社の課題にどのように取り組むかを明確にして、より有利な立場で交渉に臨むのだ。

 また、承認マトリックスを念頭に置くことだと、バックマスターはつけ加える。「採用担当者が社内であなたのストーリーを語りやすくするのです。ビジネスを中心に据えた強固な論理で、彼らの仕事をやりやすくしてあげましょう。さもないと、彼らは社内で承認を得るのに苦労するでしょう」

さらに高い給与を目指すなら、最良の主張を展開する

 提示された給与範囲を超えて交渉することは可能だが、その場合は万全な主張を展開しなければならない。バックマスターによれば、多くの企業は従業員のおよそ5%に、上限以上の給与を払ってもかまわないと考えている。給与範囲は厳密な科学的方法に基づいているわけではなく、「時にはその仕組みを超えて高い給与を手にする人もいる」。これにはさまざまな理由がある。比較的小規模な会社に入社したり、上司が同僚に近い存在であったりする可能性がある。また、新規採用者が専門的な職務に就くことや、会社が必要とする難解なプログラミング言語を知っている、といった要素がある。「あるいは、彼らがユニークな才能を持つ、めったに獲得できない人材かもしれない」

 ただし、最初に上限を超える給与が払われる場合、将来的に給与増額の対象から外れる可能性があるため、会社の方針を必ず確認すること。上級職としての採用なら、その会社の拠点がある都市で雇用問題に詳しい弁護士に相談するとよいだろうと、メドベックは言う。「ほかの人がどのくらい要求しているかだけでなく、株式や持ち分、雇用保証など契約の中身についても調査してください。相談料は高いかもしれませんが、上級職にとってはそれだけ支払う価値があるでしょう」

「公平性」ではなく、相互の利益を重視する

 メドベックによれば、給与透明化法は公平な報酬を確保するためにつくられたものだが、公平性を軸にあなた個人の交渉を組み立てるのは得策ではない。「何が正しいか、何が公平かという基準で合理性を論じるのではなく、ほかの人の収入に関する情報をもとにあなたの要求を伝えながら、雇用主の利益に焦点を当てた会話をする」のだ。

 たとえば、メドベックは次のような対話を提案する。「公開されている情報では、この職務の給与は最高19万ドルです。私は自分がこの給与範囲の最上位に位置していると考えています。私はXYZの仕事について特別な能力を持っており、自分が貢献できることに自信があるからです。しかし、基本給を16万ドルとして、会社にとって重要な目標を達成した場合に年5万ドルのボーナスをもらうという形でも納得してお受けします」。このように自分と組織の双方に利益をもたらす戦略的妥協もできる。

覚えておくべき原則

やるべきこと
  • ・自分の新しい優位性を正しく理解する。給与の透明化は、あなたにどこまで交渉が可能かという情報を与えるものである。
    ・下調べをする時間を確保して、自分が希望する給与について強固な主張を構築する。
    ・採用担当者が社内の意思決定者にあなたのストーリーをうまく伝えられるよう、ビジネスの観点からあなたの主張を組み立てる。
やってはいけないこと
  • ・特定の金額に手が届きそうになくても、自分を疑わない。自分にはそれに値する価値があると考えるなら、強く合理的に主張する。
    ・何が公平か、何が正しいかにこだわって議論せず、あなたと雇用主の相互利益に焦点を当てる。
    ・交渉を無期限に行えると勘違いしてはいけない。企業には明確なプロセスがあり、結論の出ない堂々めぐりの交渉は望んでいない。


"How to Negotiate Your Salary in the Age of Pay Transparency Laws," HBR.org, September 06, 2023.