「成長の罠」に陥るのを避ける方法
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サマリー:企業は成長を追い求めるあまり、本来の独自性のある戦略を希薄化させたり、企業に明確なアイデンティティを与えていた特徴を曖昧にしてしまう投資や意思決定を行うことがよくある。これが、マイケル・ポーターが指摘... もっと見るする「成長の罠」である。では、なぜ優れた人材が集まっているにもかかわらず、そのような投資を行ってしまうのか。本稿では、成長の罠に陥る原因を解説するとともに、それを回避するための方法を考察する。 閉じる

独自の戦略を希薄化してしまう「成長の罠」

 戦略における最大の課題の一つは、マイケル・ポーターが「成長の罠」と呼んだものを克服することだ。簡単に言えば、企業は成長を追い求めるあまり、本来のユニークな戦略を希薄化させたり、企業に明確なアイデンティティをもたらしていた特徴を曖昧にしたりする投資や意思決定を行うことがよくある。

 たとえば、米国ミズーリ州セントルイスに本店を置く証券会社のエドワード・ジョーンズは、広範に及ぶ支店ネットワークを通じて、田舎に住む保守的な個人投資家にターゲットを絞って成功を収めてきた。各支店は、ブローカー(株売買仲介人)が一人で運営している。こうした戦略を取るため、エドワード・ジョーンズは長年、「ウォール街のウォルマート」と呼ばれてきた。ところが同社はいま、さらなる成長を図るため、富裕層にもターゲットを広げて、大都市に進出し、複数のブローカーがいる支店を置こうとしている。一見すると、これは賢明な投資に思えるが、市場における同社の戦略的ポジションを弱体化させるおそれがある。

差別化要因が希薄化する理由

 優れた人材が揃っているにもかかわらず、なぜ自社の戦略や差別化要因を希薄化する投資をするのかと、首をかしげる向きもあるかもしれない。理由は数多くある。まず、投資を行う際に、それが企業の特徴を希薄化するのか、どの程度希薄化するのかについて、確実なことは誰にもわからない。希薄化の影響が明らかになるのは、こうした投資がなされた後(たいていの場合はずっと後)、ダメージが明らかになってからのことだ。

 第2に、企業の特色の希薄化が、たった一つの大きな決定によって生じることは、まずない。たいていの場合、長い期間に下された多くの小さな決定が積み重なって、希薄化が生じる。検討段階では、もっぱらその投資そのものの価値が評価対象になり、企業の差別化要因に与える影響はさほど認識されない。また、投資は長期間にわたるため、その累積的な影響を評価するのは難しい。それがダメージの真の原因となる。

 第3に、成長の恩恵は短期的に明らかになるが、差別化要因の希薄化は長い時間をかけて明らかになる。どのような企業でも、短期的な結果を出すことに経営陣の意識は集中しており、長期的に差別化要因を希薄化させる可能性がある投資案件も実行されやすい。なかには、希薄化効果が明らかになる頃には、自分はその企業にはいないから、責任を問われることもないと割り切る経営者もいるかもしれない。第一、ある企業の差別化要因の希釈化を、10~20年前の経営者による投資判断と結びつけるのはほぼ不可能だ。

 成長の罠の原因が何であれ、差別化された戦略的ポジションに大きなダメージを与えることなく成長を遂げることが重要である。

成長の罠を避ける方法

 ここではオペラハウス(歌劇場)を例に、成長の罠を避ける方法を考えてみよう。劇場は、伝統的な作品の提供を犠牲にして従来の顧客(通常は年配者)を遠ざけるような事態を引き起こすことなく、提供する作品の内容を一新して若い顧客を獲得しようとしていた。

 そこで彼らは、オペラの「中核的」要素(物語と音楽)を特定し、その部分を変えないようにしつつ、オペラの「周辺的」要素(物語の舞台となる場所と時間)にイノベーションを起こすことに全力をそそぐという解決策を考案した。同じように、企業は戦略的ポジションの「中核的」要素と「周辺的」要素を明らかにしたうえで、成長を図りつつ、手をつけずに残しておくべき部分と、成長を実現するために実験すべき部分を決めるべきだ。