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組織(O)に関する問い
企業が競争優位を獲得するポテンシャルは、経営資源やケイパビリティの経済的価値、希少性、模倣困難性によって左右される。しかし、そのポテンシャルが完全に発揮されるためには、経済資源やケイパビリティを生かせるような組織体制を築く必要がある。そこで生じるのが、組織に関する問い(question of organization):「その企業は、自社の経営資源やケイパビリティが持つ競争上のポテンシャルを100%生かしきれるような組織体制を築いているか?」である。
組織に関する問いには、企業の組織体制を構成するさまざまな要素が関わってくる。たとえば、公式の指揮命令系統、公式・非公式を問わない経営管理システム、報酬政策などである。
公式の指揮命令系統(formal reporting structure)とは、組織内の誰が誰に報告すればよいかを明らかにしたものであり、通常は組織図(organizational chart)のかたちをとる。経営管理システム(management control systems)とは、マネジャーが企業の戦略に沿った行動をとることを保証する、公式に定まっているか否かを問わないさまざまなメカニズムである。公式の経営管理システム(formal management controls)は、予算策定や成果報告など、組織の上層部が下層部のとっている行動を把握するための活動である。非公式の経営管理システム(informal management controls)とは、企業文化や進んで互いの行動を評価し合う従業員などによる実質的な管理機能である。報酬政策(compensation policies)は、従業員に給料を支払う際の方針である。この方針は、特定の行動をとるインセンティブを従業員に与える。
組織体制を構成する上記の諸要素は、単体ではほとんど競争優位を生み出さないため、補完的経営資源やケイパビリティ(complementary resources and capabilities)と呼ぶことが多い。しかし、単体では競争優位を生み出さないとしても、他の経営資源やケイパビリティと組み合わせれば、企業が競争上のポテンシャルを完全に発揮する可能性を高める(注1)。
たとえば、すでに述べたとおり、ESPNはスポーツ番組放送において長年にわたって競争優位を維持してきたと思われる。しかし、ESPNが競争上のポテンシャルを完全に発揮できたのは、ESPNの幹部が与えられた機会を積極的に生かし、スポーツ中継を拡大したり、最も注目度の高いスポーツイベントの放映権を確保したり、斬新でエキサイティングな競技大会を創設したり(例:エクストリームスポーツ競技を放映する「エックスゲームズ」)したおかげである。もちろん、ESPNがこのような成果をあげてこられたのは、適切な組織構造、管理システム、報酬政策を備えていたからである。ESPNの組織体制を構成するこれらの要素は、それぞれ単体ではESPNに競争優位をもたらさないが、ESPNが競争上のポテンシャルを完全に発揮するうえでは重要な役割を果たしてきた。
このように、ESPNは、適切な組織体制を築くことにより、他の経営資源やケイパビリティが持つ競争上のポテンシャルを完全に発揮できた。一方、かつてソニーは、自社が保有する価値を有し、希少で、模倣コストの高い経営資源やケイパビリティを、不適切な組織体制が原因となって生かしきれなかった。
第2回(「VRIOフレームワークとは何か(1)──経済的価値」)で、ソニーが幅広い消費者向け電子製品の設計・開発において特異な経験を積んできた点に触れた。巨大な小型エレクトロニクス企業になっていく過程で、ソニーの幹部はコンシューマーエレクトロニクス事業とレコード事業を築き上げ、2つの大規模事業を確立した。
コンシューマーエレクトロニクス事業で開発された数多くの製品のなかには、初期のMP3プレーヤー(ハードディスクから音楽やその他のデジタルメディアを再生する携帯端末)がある。MP3技術のカギは、ハードディスクの容量をひっ迫させずにアナログ信号を保存できるデータ圧縮技術である。データ圧縮を用いなければ、MP3プレーヤーにはせいぜい数曲しか保存できないが、データ圧縮を用いれば保存容量が数千曲分に増える。当時ソニーは、データ圧縮技術において業界をリードしていた。
もちろん、MP3プレーヤーが価値を持つのは再生するコンテンツがあってのことである。だとすれば、ソニーのレコード部門は、本来ならばコンシューマーエレクトロニクス事業にとって大いに役立ったはずだ。ソニーレコード(ソニー・ミュージックレコーズ)は、多くの有名アーティストとレコード契約を結んでいたからである。そして、コンシューマーエレクトロニクス事業には、そうしたアーティストの音楽を再生できるMP3プレーヤー(ならびにデータ圧縮技術)があった。
ではなぜ、iPod、iTunes、iPhone、iPadなどを擁するアップルが、現在携帯音楽プレーヤー市場を支配しているのだろうか。アップルの条件はけっして有利ではなかったはずだ。MP3プレーヤー市場への参入は遅かったし(無論、ようやく参入した時にはきわめてインターフェースが洗練されたMP3プレーヤーを開発したが)、保有するコンテンツはなく、オンラインでの存在感はあまり高くなかった。
アップルが成功した1つの要因は、ソニーが失敗したことである。ソニーはMP3プレーヤー市場を支配するポテンシャルを持っており、過去にも似たような市場を支配した経験を持っていながら(例:ポータブルカセットプレーヤーのウォークマン)、コンシューマーエレクトロニクス部門と音楽部門との間で協力関係を築くことに失敗したのだ。言い換えれば、ソニーの失敗は、組織運営の失敗である。コンシューマーエレクトロニクス事業の技術者が、音楽事業のアーティストと力を合わせる方法を見出せなかったのである。
もちろん、ソニーの組織上の失敗がもたらした機会をアップルが生かすうえでは、アップル側でもさまざまな努力を要した。しかし依然として、ソニーがそのポテンシャルにもかかわらず、MP3プレーヤー市場という魅力的な市場において競争優位をまったく獲得・維持できなかったことは注目に値する(注2)。
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【注】
1)これらの補完的資源についての洞察深い論考については、Amit, R., and P. J. H. Schoemaker (1993). “Strategic assets and organizational rent.” Strategic Management Journal, 14(1), pp. 33-45を参照。
2)See Tabuchi, H. (2012). How the tech parade passed Sony by. April 15, 2012. New York Times. http://www.nytimes.com/2012/04/15/technology/how-sony-fell-behindinthetechparade. Accessed January 27, 2014.