こうした試行錯誤の中で、これまでとは明らかに違うユーザーの反応が引き出されたのが、「5分で乗れる距離」を実現した時だ。つまり、特定の地域に車を集中的に配置し、その地域に住む人は誰でも徒歩5分で利用できるようにしてみた。すると、「あの車は何だ」「一度使ってみたい」といった会話が街の中で交わされるようになったのだ。「5分で乗れる距離」を提供しつつ、利益をあげるためには、ターゲット・ユーザーが密集する地域を選んで、高い密度を実現するしかない。このため、ジップカーは、IT・若者・環境というキーワードの当てはまる地域、例えば全国150の大学などの「スイートスポット」を発見し、事業を大きく伸ばすことに成功した。
多くの人が瞬時に反応するということは、「5分で乗れる距離」が人の生理学的メカニズムをうまく捉えていることを意味する。ポカリスエットやガンダム、ルイ・ヴィトンなど、多くの人が繰り返し購入するロングセラー商品や、強いブランドと言われるものは、みなこうした人間の本性を捉えることに成功している。右肩下がりの時代においては、こうした人間の本質を捉えた商品・サービスしか生き残ることはできなくなっていくだろう。
「5分」という数字は、実験によってしか発見できない。また、実験によってのみ、人間の本性を捉えることのできる目利きが育つ。3Mがなぜこれほど長い期間、イノベーティブな企業と称賛され続けているのだろうか。それは、顧客と一緒に問題解決に取り組み、様々な実験を行っているからだ。それによって、顧客の本性を捉える目利きが育つ土壌ができているのだ。
よく「実験をせよ」というと、「本業から離れたところで、そんなことをしている余裕はない」という声が返ってくる。「本業」が縮みゆく現実に直面しても、まだ従来のやり方で何とかなると感じている人が多いのだ。このため、新しい勝ち筋を探すために実験を行う心の余裕すらなくなっている。これでは人間の本性を捉えることなど叶わぬ夢となろう。