弱みが強みに転じていく道筋を構想する

 企業や地域のマーケティングが対峙しているのは、以上のようなコミュニケーションが紡ぎ出す現象であり、そこでは、成功を支えていた構成が、当の成功の帰結として反転してしまうということ(あるいはその逆)が繰り返し起るのです。ですから、「弱みは強み」という命題は絵空事ではなく、多少の時間の幅をもって物事を追求するのであれば、実践的にも有効な命題となります。

 たとえば、私たちの研究事例でいえば、「生活の木」は、ハーブやアロマテラピーの専門店として成長してきた企業です。生活の木は、以前よりハーブ類の卸売も行ってきたのですが、かつての日本ではハーブ類の効用や楽しみ方は広く知られておらず、小売店の店頭に並ぶだけでは、手に取る人が少ないという限界がありました。

 こうした障害を前に、生活の木は、ハーブやエッセンシャルオイルなどの香りを生活のなかで楽しむ人々を増やすことをねらいに、全国各地でのアロマテラピー講座やメディカルハーブ講座などのカルチャースクールの経営に乗り出していきました。今では、このようにして集積していったスクールの修了生たちのなかから、生活の木の店舗スタッフとして働く人たちが増えているといいます。

 この人たちは、アロマテラピーやハーブが好きなだけではなく、知識の探求に貪欲で、学びを自分の実感や実体験につなげるとともに、その価値観や楽しさを周囲と共有していくコミュニケーションの意欲に富んだ人材です。こうしたスタッフの増加が、今の生活の木のひとつの重要な強みとなっています。

 このように市場とは、人々や組織の行動の加算的集計そして時間的順序展開を通じて、自己成就的あるいは自己破壊的な新しい価値が創発していく場です。以上のような市場の逆説性のメカニズムを理解しておくことで、弱みを強みに転じていくマーケティングの道筋を構想する際に、思考を導く有用な補助線を引くことができるようになるはずです。(図1)

(図1)市場の逆説性の諸相