1980~90年代、多くの有名病院が死亡率の公表に同意した。それまで病院の質が明らかにされたことはなく、患者に新たな視点をもたらす画期的な出来事として受け止められた。病院の使命を踏まえれば、治療能力を示すこれ以上の尺度があるだろうか。
ところが死亡率には、入院患者のタイプ、検査の数、看護の程度などが複雑に絡み合っている。どうしても死亡率を下げたければ、重症患者を受け入れなければよい。だが、そんなことがまかり通っては、難病患者や重症患者を受け入れ、リスクの高い治療に挑む病院が減ってしまう。その結果、どの病院も質が向上しないままとなる。
同様に、大学ランキングの類も近年、攻撃の的となっている。結果に反映されないような教育モデルの実験に及び腰になるからだ。ランキングは、1匹狼の存在を危うくしている。
このように、画一的な測定法には問題がある。一定の測定方法が定着すると、逸脱者や異端児、冒険家が生まれにくくなる。何であれ、比較する尺度ができれば、そこに群れが生じる。物理学の観察者効果よろしく、測定という行為は測定される側の行動に変化をもたらす。
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別の例を挙げよう。ジープはSUV(スポーツタイプ多目的車)の正統派ブランドであり、アメリカのSUV市場の発展に大きく貢献してきた。20年前は頑丈な四輪駆動車として愛好されていたが、信頼性では日産やトヨタに軍配が上がっていた。しかし現在は、かつてほどの違いはない。
いったいこの間に何が起きたのだろう。かつてSUVカテゴリーの評価軸は、明らかに頑丈さと信頼性だった。追随ブランドも必死でこの点を訴求した。時間とともに燃費や安全性、快適さといった尺度が加わり、その結果、図のようにカテゴリー内の製品は次第に均質化している。
この傾向は、どのカテゴリーでも見られる。10年前、ボルボは実用性と安全性で知られており、アウディはスタイリッシュさで人気があった。最近では、アウディは安全性テストでボルボをしのぎ、ボルボの広告はスマートな走りを演出している。
このダイナミクスは、人気投票と似ている。誰もが爽やかで朗らかで親しみやすい人間だとアピールして勝とうとする。選挙もまた、候補者がみな、魅力的で謙虚で真面目でタフであろうとする。全員が同じ方向を目指せば、誰も抜きん出ることはない。
消費者側にも多少の責任はある。ボルボのドライバーに改善してほしい点を聞けば、安全性には満足しているが、もう少しセクシーさがほしいと答えるだろう。アウディのドライバーに同じことを聞いてみれば、逆の答えが出てくるはずだ。
消費者に尋ねるということは、「まだ手に入れていないものは何か」だけではなく、「競合他社が何を提供しているか」を聞くに等しい。これが市場調査の問題点である。こうして、アウディのように走るボルボ、ボルボのように走るアウディが誕生する。
差別化にはコストがかかる。抜きん出るためにもだ。優れた教授陣を誇る大学は、最高の研究設備を必要とするとは限らない。サーブ&ボレーの得意なテニス選手は、ストロークの名手である必要はない。だが、消費者はこのことを理解しているとは限らない。
妥協策を探しているなら、投票を行い、リサーチを実施し、人々の意見を聞けばいい。しかし、ユニークな解決策を求めているのなら、発想を変える必要がある。
(第5回に続く)
DIFFERENT by Youngme Moon
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