連載第2回に引き続き、著者ペンローズによる「第3版への序文」の続きを紹介する。20世紀の議論の変遷を俯瞰する格好の一文である。本連載は、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2013年11月号(10月10日発売)の特集テーマ「競争優位は持続するか」に合わせ、MBA必読の古典『企業成長の理論[第3版]』の抜粋を紹介するものである。全7回。

 

知識の累積的成長

 企業成長の理論の主要な仮定の1つは、「歴史は重要だ」ということである。成長は、本質として進化的なプロセスであり、また、本書で扱う企業の文脈では、集団的知識の累積的な成長、すなわち増大と変化に基礎をおいている。近年では、応用経済学でも理論経済学でも、知識の役割や進化に関する議論が再び盛んになっている。理論研究の話題の大著、Equilibrium and Evolution: An exploration of connecting principles in economics のなかで、ブライアン・ロスビー(Brian Loasby)は私の企業成長の理論(第4章)を知識の役割との関連で議論し、企業の管理構造を次のように描いている。

「(企業の管理構造は、)その内側では個人の知識が組織の一貫性を脅かすことなしに進化しうる、原則と手法の1つの均衡構造を提供している。しかし、その均衡自体、実は、経営者たちがある特定の環境のなかでともに効果的な運営を学習していく進化的プロセスの結果である。ペンローズの分析にとってきわめて重要な経営者サービスの成長、言い換えればガバナンスコストの減少を生み出すのは、この進化的プロセスであり、それらのサービスの内容と範囲を形づくるのもまた、このプロセスである」

 このように彼は、一種の研究プログラムの役割を果たす経営管理上の「原則と手法」からなる1つの枠組内での知識の成長はそれ自体、経済全体のいかなる均衡ともほとんど関係のない、企業の進化上のある種の一時的な均衡を表すものとみなしているようである。この点について、彼はフランク・ハーン(Frank Hahn)の均衡の定義を援用し、以下のように述べている(前掲書、13~14ページ)。

「均衡の焦点を、価格と生産量からアイデアと行動にシフトするというフランク・ハーンの提言を利用すれば、ここでの問題と可能性を見きわめるのに有用かもしれない。ハーンの議論や彼の支持する定義を示そうとしているのではないが、『経済は、エージェントたちが維持している原則や彼らが遂行する手法を変える原因とはならないメッセージを生み出しているとき、均衡状態にある』(Hahn 1973; 1984, p.59)という彼の命題に行き着くことになる」

 この分析をさらに進めると、政府の適切なマクロ経済政策の重要性が高まることになる。なぜなら実際には、われわれは経済の均衡を、不可能でまたおそらく現実的な意味で望ましくない新古典派の均衡の問題としてではなく、単に1つの合理的な安定状態とみなしているからである。

 ここから想起されるのは、シュンペーター(1942)のなかにある、彼独特のドラマティックな言い回しやほとばしる創造性を削ぎ落とした記述である。彼のいう「創造的破壊」と「吹き荒れる突風」は、「不断に古きものを破壊し、不断に新しきものを創造して、たえず内部から経済構造を変革する」というプロセスの結果であり、「この創造的破壊のプロセスこそが資本主義の本質的事実である」(83ページ)。この部分に彼は脚注を加え、「変革」は現実には不断に行われるものではなく、「不連続な突進」として起きると述べている。この修正によって「創造的破壊」は、景気循環に関する彼の分析に適合的なものとなる。ベスト(Michael Best)は The New Competition(1990)のなかで、シュンペーターは大企業が創造的破壊のエンジン──「ビッグ・アイデア」をもった企業者──となる世界として資本主義を扱っているものとみなし、これを「ペンローズ流の学習」である集団的相互作用によって生み出される結果と対照的なものと位置づけている。ベストは、シュンペーターの提示したプロセスを成功企業全般に拡大して適用し、「シュンペーター的な組織上の革新を制度化する」1つの手段として企業の戦略的行動という概念を採用している。たとえば、彼は日本企業を議論するにあたって、「日本の成功企業は、シュンペーターとペンローズを組み合わせ、それによって企業者活動の概念を、『個々人によるビッグ・アイデア』から、専門的スタッフだけでなく現場もそれに貢献しうる1つの社会的な学習プロセスへとつくりかえた」と論じている。